次世代を担う教師を育てる一年間の教師・指導者育成プロジェクト

育成プロジェクト・マリオ 【事業報告】
2016年度指導者育成プロジェクト参加者 井芹佳蓮 
     〜1年間実習生くま学びのコラム〜


11月の研修報告研修担当いとのふりかえり
10月の研修報告研修担当バズのふりかえり
9月の研修報告研修担当リスのふりかえり
7月・8月の研修報告研修担当おぐのふりかえり
6月の研修報告研修担当みけのふりかえり
5月の研修報告研修担当もーりぃのふりかえり
4月の研修報告研修担当つぅのふりかえり




 11月育成プロジェクトくま研修報告

村の人から得るもの
 11月は外に出る時間を生み出すことを意識して過ごし、1週間に一度は村の人の家にお邪魔して色々な話を聞きました。今まで、「村の人の家に行っても何を話せばいいのか…」と思っていましたが、泰阜村で半年以上暮らしたことで、少しずつこの村のことがわかり、村の人のすごさがわかるようになりました。
 村の人にとっては当たり前にやっている畑作業も、自分がやってみたからすごさがわかります。土をつくるのがどれだけ大変か、いいものを収穫するのはたやすいことではないこと、目の前にある当たり前のものを見る視点が変わりました。
 今まで、お金を得るために働き、その得たお金で、物や食べ物を買うことが当たり前だった生活。いいもの、欲しいものを手に入れることが幸せであり、お金さえあれば…という生活。でも、本当の幸せはそういうものではなく、今日の星空は綺麗だな〜とか、干し柿が今年はうまくいったとか、人が来てくれて嬉しいとか、そんな小さなものであると感じました。
 泰阜村で、車もそんなになかったとき、「病院へ行くのも、学校へ行くのも、2時間なんて当たり前。そんな場所で生きてきた知恵があるんだ。」と村の人に言われた言葉がすごく印象的です。この地で生き延びてきた人の言葉には重みがあります。そんな村の人たちの話をもっと聞きたいと思いました。そこから学べることは本当に大きいと思います。
 そして私が聞いてきた話をこどもたちにすると、その人の家に行ってみたい!その場所に行ってみたい!と言ってくれました。こどもたちにとっても新鮮なことが多く、ここで暮らしていることと繋がることが多いように感じます。もっと村の人を訪ね、昔の暮らしの話を聞きたいです。そして、それをこどもたちに伝えていきたいです。


正しさと思いやり
 なぜ朝づくりやご飯後の片づけをやらないのか、という話し合いがありました。だいだらぼっちでは、自分たちで暮らしを作っていくので何をするべきか、など4月にみんなで決めます。その決めたことが守れていない、という話し合いでした。やると決めたのだから、やるのは当たり前。確かにやるべきだし、それが正しいのもわかる。でも、正しいことが正しいわけではない、というのを感じました。
 なぜやらないのか、と聞かれてもそこに理由はないと思います。やるように言われてもすぐにできない時もある。言われすぎたらさらに嫌になる。そんな気持ちが尊重されてもいいのではないかと思いました。正しいことも必要だけれど、そこに思いやりがなければ一緒には暮らせません。相手の立場になって考えることも必要であると思います。
 私は、大勢の人がいる前で話をするのが苦手なので、話し合いの場ではなかなか本心を口に出すことができません。それは、自分の意見に自信がなかったり、否定されたりするのではないかと思ってしまうからです。こどもたちと話している中で私と同じように、話し合いで思ったことを言えない、本当はこんな風に思っているのだけど、というような声を耳にしました。話し合いで自分の思いを言うことが、ハードルが高い子もいます。だからこそ、暮らしの中で出てくる思いに寄り添い、その言葉が話し合いで出てくるような雰囲気を作っていきたいです。そのために今は、思ったことを素直に口に出すこと、正面から向き合うこと、声に耳を傾けることを意識して過ごしています。思いやりのある、みんなが居心地のいい暮らしを作り上げていきたいです。



□ 研修担当いとのふりかえり 

スタッフ・いと だいだらぼっち祭りにはじまり、30周年祝賀会や、ビックチャレンジ登り窯の準備など、大忙しだった11月があっという間に過ぎ去りました。
 先月、くまと11月をどのように過ごすか話をした際、印象的だったのは「こどもたちと最高に楽しい1年にしたい」という彼女の強い意思でした。くまにとってもこどもたちにとっても、このメンバーで過ごす最初で最後の特別な1年。残り半年もなくなり、悔いなくやり切りたいという想いをとても感じました。
 そこで彼女が目標に掲げたのは「泰阜村の暮らしから学ぶために村の人と関わる」こと。当たり前のようにこの不便な環境で暮らす村の人の知恵や、暮らしの楽しみ方など、その出会いから学んだことを、こどもたちにも伝えていきたいと彼女は話していました。
 11月はこどもたちの間から「同じ人ばかりごはん隊にはいっている」「洗濯物ちゃんと干そうよ」といった意見がよく聞かれる月でもありました。暮らしと向き合うことは、楽しさもある一方で、当然大変なことでもあります。くまが村の人たちから学んだ「暮らしってもっと面白いんだよ!」という学びをぜひこどもたちに発信してもらい、悔いのないよう精一杯こどもたちと向き合って「最高の1年」にしてほしいと思います。



 10月育成プロジェクトくま研修報告

大変なことを楽しむ気持ち
 今月は5月に田植えした稲の稲刈りをしました。1学期毎週草刈りに行き手間暇かけて育てた稲です。当日は、田んぼの水がうまく抜けきれておらず足場は田植えのようにドロドロでした。刈った稲に泥がついてはいけないので、稲をその場に置くことができず刈ったらすぐにまとめて束ねなければなりません。また、その束ねた稲を畦まで運ぶ人も必要です。というように今回の稲刈りは色々な役割が必要で、思ったように作業が進まず大変でした。しかし、じぁあどうやったらうまく作業が進められるかを試行錯誤しました。私は3人チームで稲刈りを進めていったのですが、稲を刈る・刈った稲のお尻をそろえてまとめる・ひもで束ねるの3つに作業を分け、得意なことを担当しました。お互いに声をかけあい、流れ作業で勢いが出てくるとどんどん楽しくなってきます。チームで速さを競い合い刈り進めていきます。最初はただ辛いだけだった作業が楽しくなり、やりがいを感じ、体を動かすことが楽しくなりました。一緒にチームを組んでいたこどもが「こんなに楽しい作業は初めて!」と言っていたのがとても印象的でした。
 2日間、朝から日が暮れるまで稲刈りをしました。正直足場も悪く疲れるし、広すぎて先が思いやられるような作業でした。しかし、大変だけどいかにそれを楽しく進めるか、そして、自分の食べるものを自分の体を使って生み出すことがいかに楽しいかということを感じました。11月には山出しがあり薪作業も入ってきます。だいだらぼっちは自分たちの暮らしに必要なものはできるだけ自分たちの体を使って手に入れる場所です。そうやって暮らしを作っていくことはすごく楽しいし豊かなことだと感じました。

やりたいこと
 だいだらぼっちに来て7か月が過ぎました。木工や染め物、陶芸など今までほとんどしたことのないものづくりをして、するたびに学ぶこと知ることがたくさんあります。しかし、1学期はなんとなく作りたいものを作っていつか完成して、という感じでした。作ってみたいものはたくさんあるけどそれに向けての段取りが全然できていませんでした。
 2学期に入り、本当に暮らしの中で欲しいもの、今泰阜村にいるから、だいだらぼっちにいるからできるものを作って帰りたいと思うようになりました。何を作りたいのか書き出し、いつ作るのか段取りを取り、作ることが楽しく、残りの期間自分のやりたいことはものづくりかな、という風に思っていました。
 しかし、今私のやりたいことは、ものづくりに加え、村をめぐることです。色んな村の人に会っておしゃべりをしたり、昔の話を聴いたり、旧道や山の中を歩いてそのこと自体を楽しむこと。気づけば私もこども達もだいだらぼっちの中で過ごしていることが多いです。こども達は、だいだらぼっちを出なくても遊びを生み出すことはすごく上手だし、一緒に遊ぶ友達もいるし、時間もあります。しかし外に出れば、知らない草木を発見したり、新しい道を発見したり、村の人と出会ったり色々な楽しさがあります。それを自分がたくさん感じて、こども達にも泰阜村で過ごす楽しさを伝えたいと思うようになりました。
 育成プロジェクトに参加して、「くまは何がしたいの?」という言葉をよく投げかけられます。何がしたい?と言われても、私はここで薪の暮らしやみんなで暮らすこと、やりたいことをやるために段取りをとることなど、自分の知らない、やったことの無い世界を見てみたくて、楽しみたくて、単純にその思いしか持っていませんでした。でもそれはここに来て、毎日暮らしているだけで達成されます。だからこそ何がやりたい?と聞かれても答えられず、そう聞かれるのがすごく苦痛でした。しかし、こども達と毎日過ごす日々、色んな相談員と話しをする中、村を歩くようになって、ようやくやりたいことが見えてきました。
 最初はやりたいことなど何もわからず、とにかく目の前にあることをやる日々でした。その中で感じたこと、考えたことを口にしたり思い返したりすることで、やりたいことが見えました。“やりたいことを見つけるのは難しい”ということをとても実感しました。
 今、私は教師になるかどうか迷っています。将来やりたいこと、どう生きていきたいか、などがわからず何をやりたいのかが見えてこないからです。しかし、この7か月で感じた、やりたいことを見つけるのは難しいこと、考えすぎずとにかくやってみることを忘れずに毎日を過ごしたいと思います。とにかく外に出る時間を生み出し、自分自身が泰阜村での暮らしを楽しむこと、そしてその楽しさをこども達にも伝えていけるようにしたいです。



□ 研修担当バズのふりかえり 

スタッフ・ばず 10月のくまは残りの期間を見据えながら、悩み考え、そして踏み出しました。「自分はどうしてここにいるのか」「何がしたいのか」。自問自答する中で見えてきた「歩く」ということ。それは歩くというただの事象だけではなく、自然や人や暮らしとの素晴らしい出会いが待っています。村を歩くことで知ることはたくさんあります。なぜ、だいだらぼっちがこの場所で山村留学を行っているのか。なぜ自分たちの力で暮らすことが大切なのか。自然の営みの素晴らしさや村人たちの自然に対する考え方や暮らすことへの向き合い方など、全てが学ぶことばかりです。自分の足で時間をかけて得たことは必ずくまの中の核となる学びになり、残りの期間をどう過ごすかの芯になるはずです。知らない世界に飛び出すのは勇気がいることです。しかし今年の4月にくまは同じようにこの泰阜村にやってきました。不安と期待を両方抱えながら、一歩踏み出してここにやってきたのです。自分の一歩を信じること、そして楽しむこと。土産話を期待しています。



 9月育成プロジェクトくま研修報告

価値観の変化
 私は、だいだらぼっちに来るまで、こどもたちは洗濯や部屋の片づけなど自分のことは全部自分でやり、土日には色んなことをやり、遊んでいるというような印象を持っていました。しかし、実際に暮らしていると洗濯物を干し忘れて学校に行くことや、朝づくり(掃除など朝からのひと仕事のこと)を忘れることもあります。何も予定が入っていない日はのんびり過ごし、部屋で本を読んでいる姿も多く自分の思っていた暮らしとは違うことがたくさんありました。そのことに対して、「朝づくりや自分の洗濯物は忘れずにしていきなよ」と声をかけたり、勉強ばかりしていないで外で遊び、ものづくりをしてはどうかと感じる日々を過ごしていました。その時、山賊キャンプのボランティアに来ていた人が、だいだらぼっちの様子を見て「普通に暮らしているだけで驚いた。」と言ったのです。
 確かに、こどもたちにとってだいだらぼっちが自分の家です。家は常にチャレンジをする場ではなく、暮らす場です。いろいろなチャレンジをするよりも、暮らすためにご飯を作ることやお風呂を焚くこと、朝づくりをすることが大切だと気付くことができました。その一方で、暮らすだけではもったいない、せっかくだいだらっぼっちにいるのだから、と思う気持ちもやはりあります。こどもたちはやりたいことがあるとき、それをするためにエネルギーを発揮します。そんな様子をこれまで見てきて、すごい!と感じてきたからこそもっと暮らしの中で様々なチャレンジができるのではないかと期待してしまいます。
 ここでの暮らしは何をしなければならないか決められているわけではありません。自分たちがどんな暮らしをしていきたいかで、できることもやれることも変わってきます。だからこそ、自分自身がどう暮らしていきたいのかを考えることが大切ではないかと思います。私はもっとこどもたちと遊んだり村を巡ったりワクワクして過ごしたいです。1年は長いようでそうでもありません。これからはだいだらぼっち祭り、説明会、登り窯など次から次へと行事が続き、やりたいことをできる時間も限られてきます。こどもたちが、やりたい!と思ったとき、精一杯応援できる存在でいたいと思いました。


 昔から養蚕を行っている村のおじいちゃんを5月に訪問しました。1回で5万匹もの蚕を育てること、桑の葉を1日4回も被せなければならないこと、繭を作るまでに蚕は5回も脱皮することなど驚きの内容を教えていただきました。残念ながら、体調があまりよくなく、今期は養蚕を行っていないとその時はおっしゃっていました。9月に入り「蚕を飼うことにしたので見においで」と連絡をくれました。前回、訪問した時、お礼の手紙や、一緒に撮った写真をこどもたちと送ったので、声をかけてもらえた時は、少し関係が築けたように感じ、とても嬉しかったです。再度訪問し、蚕を見せてもらいました。すると「少し飼ってみる?」と言ってくださり、だいだらっぼっちでも育てることにしました。しかし、もらった次の日に気温が一気に下がり蚕が桑の葉を食べなくなってしまい、毛布や電球を使って温めてみることにしました。また、しばらくすると、繭を作るため、住処を移します。しかし、そのタイミングがわからず、気がついた時には、桑の葉の間に繭を作っていたのです。再度、おじいちゃんにどうしたらよいか相談すると、丁寧に教えてくれました。
 今回、養蚕をしているおじいちゃんと繋がりを持つことができましたが、泰阜村には、他にも色んなことをしている人がたくさんいます。だいだらぼっちの近くには、ゆずを使って柚餅子を作っているおばあちゃん、竹細工、藁細工、猟師など気になっている方々がたくさんいます。ちょっと散歩しただけでも面白いおじいちゃん、おばあちゃんに出会える。ここにしかない、村の人とのつながりをこれからはもっと大事にしていきたいと思いました。



□ 研修担当リスのふりかえり 

スタッフ・りす どうしたらいいのだろうかと頭を抱えているくまの姿を多く見かけました。話しを聞くと、「こどもたちがどうしたいのか分からない。なんで何もしないのだろう…」と言うのです。よく、人は鏡であり、自分の姿を映し出してくれる存在と言います。そこで、振り返りの中では、こどもたちのことではなく、あえてくま自身がやりたいことをやれているか聞いてみました。すると、「もっと村に出て行きたいけど、行ってもいいのか、誰を訪ねたらいいか分からない」と言うのです。それなら、まずは近くのおじいちゃんおばあちゃんの家に行ってみよう!と提案し、一緒に訪ねてみました。
しばらくすると、自分から直接村の方に連絡をとり、時間を見つけては外に出かけていくようになりました。
 きっと、こどもたちもくまと同じで、やりたいことはあるけれど、中々一歩踏み出せない。初めてのことは、やっぱり不安だと感じている場合も少なくはないと思います。
こどもたちと同じように、1年がんばる!と泰阜村にきているくま。だからこそ、一歩ずつチャレンジするくまの姿が、私もやりたい!一緒にやろう!とこどもたちが動きだす、きっかけになると思います。くまのチャレンジがこどもたちのチャレンジに繋がる。ただ、こどもたちに期待するのではなく、くま自身が楽しみ、日々を充実させていくこと。そこに、こどもたちも巻き込む楽しい渦がうまれる予感がしています。



 7月・8月育成プロジェクトくま研修報告

伝える一歩
 私は、この夏初めて山賊キャンプに参加しました。1学期中には山賊キャンプに向けて川研修やリスク管理など様々な研修をしてきています。どんなキャンプなのだろうと、とても楽しみな気持ちで臨みました。
 今回、私は山賊キャンプの運営を担う「本部スタッフ」として参加しました。他の団体でキャンプは経験していましたが、山賊キャンプのように「時計がないキャンプ」は初めてです。日の出とともに起きて、たくさん遊んで、腹いっぱい食べて、夜は疲れ切って寝る。本当に食う・寝る・遊ぶということを感じたキャンプで、生きるということはこういうことだなと、その豊かさを感じました。
 また、キャンプという場で成長するのは、参加してくれたこどもだけでなく、ボランティアとして参加してくれる相談員やグリーンウッドスタッフも同じです。ボランティアの相談員さんは、こどもたちと活動する中でどう言葉かけをしたらいいのか、どういう動きをしたらいいのかなどを常に考えてキャンプをします。本部スタッフはキャンプの準備をするだけでなく、その相談員さんに対してどんなアドバイスをしたらいいのかを考えなければならないのです。こどもに対しても、相談員さんに対しても、伝えるタイミングや伝えるべきかどうか、どう伝えればいいのか、というのをとても考えさせられました。
 私は多くの相談員さんと年が近く、スタッフでもないため、それがわかると気軽に相談をしてくれたり、話しかけてくれたりします。しかし、今回のキャンプでは、初めての場ということもあり、伝えることや話しかけることに躊躇してしまうことが多く、最終日にそのことを後悔してしまうことがありました。やってみなければ、伝えてみなければ、それが良かったのかどうかはわからず、もっとたくさん話せばよかったな、という後悔だけが残ります。初めて会う人たちと思いを共有して1つのキャンプを作っていくとき、コミュニケーションの一歩を踏み出す勇気は大きいけれど、その一歩が大切なのだということを感じました。私は自分から伝えることが苦手ですが、やはり人と話すことで、自分の考えも整理され、相手の思いも知ることができます。今回のキャンプを通じてそれは仲間として必要なことであると感じたので、伝える一歩を踏み出していこうと思います。

自分にできること
 山賊キャンプで、イカダを作って川で浮きたい!という男の子と一緒にイカダを作りました。2人で乗るにはどのくらいの長さが必要?竹は何本必要?どうやって結ぶ?とわからないことだらけのチャレンジです。しかし、一緒にワクワクしながら自分たちの手と頭を使ってイカダを作り上げていく過程は本当に楽しかったです。そうして最初は2人で始めたイカダ作りも、気づけば仲間が一人二人と増えていきました。自由時間に段取りを考えたり、木の棒で完成形をイメージしたり、色々な話しをしました。しかし、いざ完成して川に持っていくと、思っていたようには浮かず、一人が乗るので精一杯のイカダだったのです。それでも楽しみながら一緒に作り上げた、そのことがすごく大きな達成感でした。一緒に作った男の子は、次作る時はもっと浮けるように竹を増やしてみたり、ペットボトルを横に付けたりしてみる、と言いながら帰っていきました。
 私は、グリーンウッドスタッフのように色々な知識を知っているわけでもないし、教えられるようなこともほとんどありません。しかし、わからないからこそ、こども達と一緒にどうしたらいいんだろうね、とワクワクしながら考えることができます。今回のイカダ作りのように、やってみてうまくいかないこともあるかもしれません。でも、成功したかどうかよりも一緒にチャレンジして楽しむことが大事だと思いました。
 1年間のだいだらぼっちでも、たくさんのチャレンジをすることができます。それでも先月は、もっと暮らしのなかの隙間の時間をうまく使ってみんなと遊びたい、楽しみたいと感じる場面がありました。
 私は今の生活の中で木工や染め物などものづくりをする時間や、散歩や遊びをする時間などをたくさん生み出すことができます。そこで、自分自身が色々なことに取り組む姿をたくさん見せることで、やりたいことを話したり、一緒にチャレンジすることを誘発できるように、と意識して過ごしました。
 草木染めで染めた布を使い縫物をしていると、その色いいね!今度一緒に染めようよ、と声をかけてくる子や、2学期は1週間に1つ一緒に染め物をしようと誘ってくれる子がいました。
 私にできることは、こども達と一緒に色々なことに楽しんで取り組むことや、色々なことに挑戦する姿を見せることだと思います。この夏感じたチャレンジを楽しむ気持ちを忘れず、自分にできることを続けていきたいです。



□ 研修担当おぐのふりかえり 

スタッフ・おぐ7月は山村留学暮らしの学校だいだらぼっちが夏休み期間になり、かわりにグリーンウッドのもう一つの大きな事業「信州こども山賊キャンプ」が始まります。
この夏、くまにはキャンプの運営を担う本部スタッフとしてキャンプに参加をしてもらいました。山賊キャンプは1年間の山村留学のエッセンスを凝縮した数日間。その数日間だけ出合うこどもやボランティアスタッフとのチャレンジを日々楽しんでもらえたようです。キャンプ全体をマネジメントする運営スタッフの立場でありながら、日の出と共に暮らすこと、思いっきり遊ぶことといったキャンプそのものの楽しさを実感することができたのは、素晴らしいことだと思います。
振り返りの中でも、くまは「こども達ともっといろいろなことにチャレンジしたい」と言っていました。だいだらぼっちのこども達は、一年間をこの泰阜村で過ごします。学校に通いながら共同生活を送る毎日そのものが大きなチャレンジなのです。しかし、このチャレンジが一年間の“日常”になる中で、それだけで満足せずにどれだけおもしろいことに挑戦していけるかが、本当の面白さ。やってみたいと思ったことに、日常の中で日々挑戦していくことが更なるチャレンジとなります。
山賊キャンプは短い期間の中で、一瞬一瞬がチャレンジの連続です。くまは「伝えるむずかしさを感じた」と言っていましたが、伝えるチャンスも「今、伝えたい」と思った瞬間を捉えなければすぐに過ぎて行ってしまいます。それはもちろん一年間の山村留学でも、数日間のキャンプでも同じことではあるのですが、キャンプというより限られた時間の中で如実に感じることになったのだと思います。
自分自身が挑戦を続けていかないと、おもしろくならないのもだいだらぼっちでも山賊キャンプでも同じことです。自分自身楽しむこと、思ったことを伝え語り合うこと。山賊キャンプに参加することで感じたくま自身が大切にしたいことを、今後もより実践し、チャレンジしていってもらえばと思います。



 6月育成プロジェクトくま研修報告

“聴く”ということ

 球技大会や動物園への遠足などみんなで遊ぶことの多かった6月。猿山を見てみんなで笑ったり、隙間の時間で遊んだり、本気で戦ったり、みんなで何かをするっていいなと思いました。
 当たり前になってきた日常を大切にしていくということで、日記とこどもたちの様子を書くことにしました。“書く”ということを意識するので、毎日できるだけ全員と一言は話すこと、聴くことを意識するようにしました。しかし、実際に書いてみると、日々の子どもたちの様子は書けても、どんな話をしたのか書けなかったり、話をしていてもありきたりな話ばかりだったりすることに気づきました。自分の意識の中だけでは気づかず、書くという作業をしたことで気づけたことでした。
 “聴く”ということをしたことで、こどもたちのことを今までよりも深く知ることができました。すると、こどもたちの「いつも」がどのようなものかわかるようになりました。いつもの様子がわかるからこそ、いつもと違うな、という様子の変化に気付くことができます。そんな時は意識して、声をかけるようにしました。だからといって簡単につらいことや悩んでいることを話してくれるわけではありません。しかし、気分が落ち込んでいるときに「大丈夫?」の一言をかけてもらえるだけで気持ちは違うと思います。自分のことを見てくれている、気にかけてくれている、と思えます。そうした積み重ねで信頼関係を築いていけるのだと思いました。
 私は、話したり、言葉にしたりするのが苦手なので、人から聴かれることが得意ではありません。だからこそ、こどもたちに聴くことを躊躇していたり、言うことを諦めていたりした部分がありました。しかし、うまく言葉にできなくても話すこと、最後まで聴くこと、それが大切だと気づきました。“聴く”ことは信頼関係を築く上で必要だと思うので、これからも続けていきたいです。


季節の中で暮らす
 6月は、2週間体調を崩し、だいだらぼっちを空けてしまいました。帰って来たら、新規のみんなはマイ食器を作り終えていたり、クラフトフェアで買ったもので木工をしたりしていて、みんなに置いていかれた感じがあり悲しかったです。しかし、この短いようで長い2週間、いなかったからこそこどもたちの小さな変化に気づいたり、だいだらぼっちの温かさに気づいたりするきっかけになりました。みんなからの「早く元気になって帰っておいで!」という手紙や、帰ってきたときの「お帰り〜!」「やっとみんながそろったね。みんながいるっていいね。」という言葉がとても嬉しかったです。ここで一緒に暮らしている家族の一員なのだな、と実感することができました。
 また、2週間いなかった上、継続のこどもたちが梅をつけたり、染物をしたりしていたので、季節を楽しむことを意識して過ごしました。梅を使って梅肉エキスやジャムを作り、色んな染物をしました。やってみることで分かることがたくさんあります。梅は氷砂糖が溶けきれるまで毎日たくさん振らないと発酵してしまうことや、ジャムを作るときは強火で一気に仕上げること、混ぜすぎると逆に焦げることなど失敗しながらコツをつかんでいきます。本に書いてある通りにしてもうまくいかないこともあります。実際に自分の手でやってみることで大変さや達成感、みんながおいしそうに食べてくれた時の嬉しさなど色々なことを感じました。
 このだいだらぼっちには季節の果物を使ってジャムなどを作ったり、染物をしたりすることのできる環境、道具、材料がそろっています。そして、アドバイスをしてくれるこどもや大人もたくさんいます。私は、やりたいけどなかなか口に出したり、聞いたりすることが苦手で、どうすればいいかわからないままにしていることが多いです。染物やジャム作りなどをこどもたちと一緒にする中で、私と同じようにやってみたいけどわからない、聞けない、ということがあるのではないかと思いました。私が何かを作っていると、「何やってるの?一緒にやりたい!」とこどもたちから声をかけてくれることが多々あります。そんなこどもたちの“やりたい!”に一緒に取り組んで、季節の楽しさを一緒に感じたいと思いました。

7・8月に向けて
 6月は、こどもたちとの関わり方をどうしていこうか意識して、自分のやりたいことにたくさん取り組めた充実した月でした。しかし、平日、土日ともに予定をたくさん詰めて、みんながやりたいことをどうにかして全部やろうと忙しくもありました。計画を立てることや宿題に追われてばかりで余裕があまりありませんでした。何もないのんびりした日や、みんなで何かをする日も必要ではないかと思います。そして、計画を立てなくてもすぐできる、今しかできないことをする楽しさをこどもたちと一緒に感じたいと思います。



□ 研修担当みけのふりかえり 

スタッフ・みけ5月を終えた時点で6月は何にチャレンジしたいか尋ねたら、こどもともっと関わりたい、いろんなことにチャレンジしたいと言っていたくま。その中でまず実行した「聴く」というチャレンジが彼女にもたらしたものは「こどもたちからの信頼」でした。自分の苦手なことにあえてチャレンジしたことで、今までの自分から一歩外へ踏み出せたのだと思います。踏み出したことで今まで見ていなかったことに目が向くようになり、こどもたちの表面だけではない深い部分に入り込めるようになってきました。また、彼女が元々持っている「後始末をきちんとする」という姿勢は、話を聴きはじめたらとにかく最後まで聴く、わからないことでも、自分の手に負えないと思っても、投げ出さずに最後まで向き合う、という姿勢につながり、これもまたこどもたちから信頼される要因の一つとなりました。今のくまを見ていると、とても話すのが苦手とは思えないほどこどもたちの中に溶け込んでいます。また、「素の自分」を出せていると感じられる場面が増えてきました。
次のチャレンジは「こどもと一緒に楽しさを味わうこと」。こどもたちと一緒にどんな「楽しい」に出会うのか、その報告を楽しみに待ってます!



 5月育成プロジェクトくま研修報告

ゴールデンウィーク合宿
 今年のメンバーで行う初めての大きなイベント、「ゴールデンウィーク合宿」。私は、引き継ぎ会に参加した時、こども達がこの大きなイベントを全て考え、人を動かし、やりきっているのかと大きな衝撃を受けました。また、みんなが家族のような温かい雰囲気がとても素敵で、そんな「ゴールデンウィーク合宿」にしたいな、という思いが私にはありました。しかし、実際にやってみると、イメージがつかないことが多く、短い準備期間の中で上手く進めることができませんでした。自分たちでこれをしたい、こんなこともしてみたい、とやりたいこととして決めたはずなのに、いつからかやらなければならないことに変わり、ワクワク楽しみながらみんなで作り上げていく、という面が弱かったように思います。そのため、やりきった!という満足感があまりありませんでした。
 準備は何が残っているのか、どんなことを考えておかなければならないのかなどするべきことがわからなければ考えようがありません。だからこそ、イメージを膨らませたり、みんなで話して整理したりしていくことが必要です。私は、こども達に任せようと自分が受け身の姿勢になりすぎていたと思います。私は見守る人ではなく、一緒に作り上げていく人です。自分が考えること、そして、ワクワクした楽しい気持ちを忘れないことが必要だと思いました。準備が充実して、みんなの気持ちがそろえば、やりきった!と思うことができると思います。大きなイベントに関わらず、日常の計画にも通じることです。自分の姿勢を見直して、こども達と一緒に楽しく作り上げていきたいです。

思いやりのある暮らし
 だいだらぼっちの生活が始まって2か月。右も左もわからず最初は緊張していたこども達もここでの暮らしに慣れ、少しずつ自分を出せるようになってきた気がします。おはよう、とあいさつをしても返してこなかった子が、自分からおはよう、と言ってくれるようになったり、話し合いで思ったことを声にだせるようになったり、小さなことですがこども達の様子が変わってきました。私も、五右衛門風呂に毎日入れる嬉しさや、みんなで暮らしていくことに楽しさを感じるワクワクした気持ちから、日常という当たり前のような感覚になってきました。
 一方で、一緒に暮らしていくことが当たり前になっていくとお風呂の追い炊きを忘れたり、自分の物を散乱したままにしたり、小さなことでケンカしたりすることがだんだんと増えてきました。大きな家族、色んな人がいるのだから嫌なことも困ることもあります。そんなときは、みんなで考え変えていけばいいし、ケンカをしてもいいと思います。しかし、一緒に暮らしていく上で「思いやり」は必要です。少し言い方を考えたり、相手の立場になって考えてみたりすることが大切だと思います。
 育成プロジェクトという立場は、子どもたちと関わり、一緒にいる時間はどの大人よりも長いと思います。だからこそ、こども達と一緒に過ごせることが当たり前のように感じ、毎日の暮らしを大切にする、ということを疎かにしてしまうことがありました。他の相談員の方が、こども達の小さな変化に気付いていたり、よく見ていたりするように感じることが多々ありました。こども達と長くいるはずなのにこども達のことをよく見ていない、知らない自分がいたと思います。自分から子どもたちに話したり、一緒に木工や染物にチャレンジしたりする日常の小さな積み重ねが、こども達との関係性を深めることや、思いやりの雰囲気を作ることにつながると思います。当たり前の日常だからこそ日々を大切にすることを意識して6月は過ごしていこうと思います。


熊本地震
 私の地元、熊本で4月に大きな地震が起きてから1か月以上が経ちました。少し落ち着いた5月の終わりに一度熊本に帰らせていただきました。
 自分が思っていた以上の被害の大きさ。思っていたよりもずっと大きな地震であったことをまざまざと感じさせられました。新聞やテレビで見る被害と同じものを見ても感じ方が違います。その場に行けば、空気を感じ、そこに住んでいる人たちの視線も浴びます。そこに住む人々にとって震災したことは、見世物ではありません。自分の家が壊れ、住めなくなったところをたくさんの人々が訪れ、見ていきます。その視線を浴びるたび、目をそむけたくなるような、逃げたくなるような気持ちでした。もっと早く帰るべきだった、自分に何かできただろうか、と後悔の念がよぎりました。家族と話していても、電話では一切話してくれなかったようなことを話してくれます。その場に行って自分の目で見ること、感じること、耳を傾けること、それがいかに大切かを感じました。
 だいだらっぼっちのこども達は本当によく新聞を読みます。わからないことはどういうこと?と聞いてきます。地震が起きたときもたくさんの疑問を投げかけられ、熊本から帰ったときもどうだった?と聞かれました。私は、東日本大震災が起きたとき、本当に無関心だったと思います。九州という遠く離れた地に暮らし、ほとんど何の影響も受けなかったからです。テレビで流れる映像を見るたび、本当に日本で起きていることなのか、そんな思いばかりがありました。熊本地震は逆の現象が起きているはずです。だからこそ、伝える必要がある、知ってもらう必要がある、と思いました。
 山賊キャンプにも参加したことの無かった私が、グリーンウッドに来て2週間ほどで地震が起きました。そして、だいちと出会えたおかげで一人では見られないような地域にまで足を運ぶことができました。そんな出会いに感謝したいです。身近なところで起きた地震。自分が被災したわけではないけれど、地震があったことでたくさんのことを知る、気づくことができたと思います。いかに自分がこれまで無関心だったか、気持ちに寄り添えていなかったか。自分の目で見る、これほど大切なことはないと思います。


□ 研修担当もーりぃのふりかえり 

スタッフ・もーりぃだいだらぼっちにきて2か月。くまは、こどもたちとご飯をつくったり、企画を立てたり毎日こどもたちと接し暮らしてきました。今まで、何もかもが目新しく、新鮮で楽しかった日々が、日常になり、こどもたちにも慣れが出てくる頃です。「3月の引き継ぎ会にとても感動した」とくまは振り返ります。「初めて自分が関わったゴールデンウィーク合宿では
やり切れなかった」とも。ゴールデンウィーク合宿を経て、今まで何気なく過ごしてきた自分の関わり方に目を向けるようになっていました。自分がもっと楽しい雰囲気を作れたはず、もっと楽しくできたはずだと。こどもたちとの暮らしの中で、くま自身が与える影響が大きなことに気付いたようです。もちろん影響を与えるのは、くまだけではありません。だいだらぼっちに暮らす全員が良くも悪くも影響を与えながら暮らしています。くまが感動した引き継ぎ会は、いわばだいだらぼっちの1年間の集大成です。一年間楽しいことも大変なことも話し合い乗り越えてきた仲間たちの積み重ねが現れるのです。日々の大切さに気付いたくまがこれからどんな楽しいものをこどもたちと作っていくのかが楽しみです。
また、今回、ふるさと熊本の震災があり、一時帰省して現状を目の当たりにし、憤りや後悔を感じたといいます。実際に自分の目で見たことであふれてきた感情を話してくれました。家族を心配しながらもくまは帰ってきました。「自分の目で見ないと本当のことはわからなかった」とくまは言います。百聞は一見に如かずといいますが、理屈ではなく、自分が実際に体験し感じた事、思ったこと重要です。まだまだ始まったばかり一年、どんどんいろんな人に影響を受けながら実際に感じた気持ちを大切にチャレンジしていってほしいと思います。頑張れくま!



 4月育成プロジェクトくま研修報告

はじめに

 私は、大学4年目を休学して、だいだらぼっちに来ました。他団体のキャンプに参加する中で、こどもたちに自分の思ったことや感じたことをうまく伝えられないもどかしさを経験してきました。また、もっと長いキャンプの中でこどもたちと関わってみたい、と思った時に出会ったのが、このだいだらぼっちです。キャンプとは違う1年間の暮らしという中では、伝えるということから離れることはできません。しかし、その伝え方次第で関係性は大きく変わってくると思います。どう伝えたらいいのか、どうしたらうまく伝えられるのかについて考えていきたいと思っています。
 また、私は自分から何かにチャレンジしたり、人と関わったりしていくことが苦手です。育成プロジェクトに参加する、という決断が大きな一歩でした。しかし、来たからにはいろんなことにチャレンジしたいと思います。自分の見たもの、経験したものでなければ自分の言葉で語ることはできません。ここにいる相談員、こどもたち、村の人、様々な人と関わる中で、自分の価値観を広げ、自分の軸となるものをこの1年間で見つけたいと思います。

4月を過ごして
 4月を振り返ってみると、こどもたちと一緒にご飯を作ることやお風呂を焚くこと、話し合いをすることなど、しなければならないことに追われて一日があっという間に過ぎていきました。今まで感じることのなかった、「暮らす」ということの大変さ難しさを感じました。いつの間にか過ぎていく日々の中で、自分のやりたいことをやってみようという挑戦は全然できなかったように思います。
 だいだらぼっちで暮らし始めてまだ1か月しかたっていませんが、伝えることの難しさを感じる場面が何度もありました。こどもたちは、ご飯づくりをする、と言ったのにどこかに行ってしまったり、するべきことをしなかったりすることがあります。そのような時、どうしても感情的に言ってしまうことがありました。どうやったら自らやろうと思えるようにできるか、どうやったら楽しく暮らせるか、ということを忘れてしまっていたように思います。「言うこと」ばかりを意識してしまっていました。暮らしていく中で、ご飯づくりやお風呂焚き、洗濯干しなどやらなければならないことをするように言うのは簡単です。しかし、そればかりでは、関係性は作れません。「待つ」ということや、「一緒にする」ということが大切だと気づきました。こどもをこどもとしてみるのではなく、自分だったらどうだろうと自分に置き換えて考えました。自分がどう言われたらやろうと思えるか、すぐにできないこともあるよな、というように考えることで、伝え方も変わってきたように思います。日常の小さなやり取りから、どうしたらいいのか常に考えた1か月でした。
 また、この一カ月は暮らしを作っていくための話し合いをたくさん行いました。何かを決めるとき、なかなか全員が納得できなくても多数決では解決しません。どうでもいいように見えることでもみんなが納得するまでとことん話し合います。こどもたちは相手の話に耳を傾け、理解しようとし、みんなが納得できる方法を考えます。私は、今まで思っていた話し合いというものに対して大きく考え方が変わりました。こどもたちから気づかされることの多い毎日。だいだらぼっちに来て、新聞を読むことや、自然に興味が出てきたことなど、自分が目を向ける視点が変わってきました。こどもたちと向き合いながら、新たな視点や考え方を見つけ、自分の価値観を広げていこうと思います。

5月に向けて
 この1か月は、自分が今、何をしなければいけないのかが分からずどうしようと悩むことが多かったです。しかし、色んな相談員から「何をすればいいか」ではなくて、「何をしたいか」だよと言われ、自分と向き合うことがきちんとできていなかったと思いました。ここに来た理由、何をしたいのかをもう一度しっかり考え1年しかない時間を大切に使いたいと思います。こうしている間にも四季は流れ、今しかできない事がたくさん過ぎていっています。何もわからないからこそ色んなことをまずはやってみて失敗もしながら自分のものにしていきたいと思いました。


□ 研修担当つぅのふりかえり 

スタッフ・つぅ ここでの暮らしがスタートして一ヶ月いままでの生活ががらりと変わり、毎日驚きの連続だったと思います。また、暮らしをつくるといったことがどれだけ大変で、こどもたちと生活することへの難しさも感じているようにも思えました。しかし、困難な場面に直面したときや失敗をした時などの自分の価値観だけを押し通すだけではなく、ニュートラルに考えられることができ気づけることができるので、こどもたちに寄り添いながら答えを見つけていっていることが素晴らしいと感じました。
 ここでの生活では、何が正解かなどはありません。どんなことを考え、どんな声掛けをして、どんな行動をとるのか、正解がないからこそ日々考え自分で答えを出していき、失敗も成功も大切に自分の学びに変換していかなければなりません。こうした生活の中で悩み、考え、感じたことをこれからの生活に結び付けいってほしいと思っています。


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