平成28年熊本地震支援についての方針

NPO法人グリーンウッド自然体験教育センター


 このたびの「平成28年熊本地震」にて被災されました皆様に、心よりお見舞いを申し上げます。また、震災により尊い命を無くされました皆様のご冥福を謹んでお祈りし、ご遺族の皆様に深くお悔やみを申し上げます。

 さて、すでにご存知の通り、熊本地震では、小規模自治体や小さな集落が山の猛威に晒されました。人口1,700人の小さな山村:泰阜村で教育活動を行う私たちにとって、それを他人事にはできません。
泰阜村は、国道も信号もコンビニもないような厳しい立地条件ですが、それが故に村内の資源を総動員して、村民が支え合いながら村を維持してきました。
 その泰阜村で30年間育てられた私どもグリーンウッドは、度重なる災害に際して泰阜村が大事にし続けてきた「支え合い」や「お互い様」を土台にした「教育活動を通した支援」を、身の丈の支援活動として地道に行い続けております(※注1)。

 今回の過去に例を見ない被災状況に際してグリーンウッドがすべき支援は、これまでと同様に私たちの本分である教育活動を通して、長期的に被災者・被災地を支えることです。それは、泰阜村行政や地域住民他との総合的な連携による支援を意味するものです。
支援内容の概要は次の通りです。


1.「信州こども山賊キャンプ」等の教育活動への被災児童受け入れ。
2.教育を通した支援のための「あんじゃね震災支援基金」の運用(使途は被災児童支援)(※注2)
3.泰阜村民の叡智の結集による「ひと」にテーマを絞った支援
4.過去の被災者と今回の被災者、全国の地域同志が支え合う仕組みの促進
5. その他


私たちは、全力を挙げて「信州こども山賊キャンプ」や暮らしの学校「だいだらぼっち」等の教育活動を実施します。自然の猛威におびえきった熊本のこどもたちに、もう一度自然の素晴らしさを伝えたいと強く思います。失われた小さなコミュニティーの底力を、もう一度こどもたちに伝えたいと強く思います。
 そして全国のこどもたちに、過酷な状況に陥ってもなお、周囲の人たちと協調しつつ生き抜くための「支え合いの気持ち」や「サバイバルスキル」、「的確な情報収集と判断能力」などを育成することに全力を注ぎます。

 願わくは泰阜村のような小さな地域が知恵を出し合い、それが束となって、息切れしそうな小さな地域を支える。そうした小さな地域同志が学びによって支え合う構造を、今まさに創出すべきであると考えます。過去の災害で傷ついた被災者や被災地域と、今回の地震の被災者や被災地域が支え合うことを、学びを通して促進してくべきであるとも考えます。
30年間で培ってきた、全国のネットワークとも有機的に協働し、今回の震災支援方針を形にしていきます。
 どうか私どもの「支え合い」や「お互い様」を土台にした方針についてご理解をいただき、今後の支援活動にご協力をいただけますよう心よりお願い申し上げます。
 
 最後になりますが、被災地におかれましては、一日も早く普段の生活に戻れますよう、皆様のご無事を心よりお祈り申し上げます。
2016年5月1日

NPO法人グリーンウッド自然体験教育センター
代表理事 辻  英 之         






(※注1)
 1995年に発生した阪神大震災では、3人の被災児童(西宮、芦屋、神戸の小学生)を3年間、暮らしの学校「だいだらぼっち」に受け入れました。生活と教育はNPOグリーンウッド、学校は地元小学校、サポートは地域住民、経費は全額村が負担するという、村をあげての受け入れ態勢を作り、長期にわたる支援を続けました。
 1997年に福井県三国町沖で転覆した重油タンカー事故では、暮らしの学校「だいだらぼっち」のこどもが中心となり、泰阜村民と共に数回にわたり猛吹雪の中で油を掬いました。その際、「神戸のお返しや」と、村で受け入れた阪神大震災被災児童も参加しました。
 2004年に発生した中越地震では、暮らしの学校「だいだらぼっち」のこどもが新潟県長岡市やまどり地区に雪かきボランティアに行き、翌年の2005年夏にはやまどり地区の小学生と、同じく北陸集中豪雨で被災した福井県美山町の小学生を「信州こども山賊キャンプ」に招待し、泰阜村の小学生と合同自然体験教育キャンプを実施しました。
 2011年に発生した東日本大震災では、3人の被災児童(福島県、千葉県の小学生)を5年間、暮らしの学校「だいだらぼっち」に受け入れました。また、福島県の被災児童約250人を「信州こども山賊キャンプ」に招待しました。どちらも村を挙げての受け入れ態勢を作り、特に教育を通した支援を続けてきました。

(※注2)
「あんじゃねえ」とは、「安心しろ、大丈夫だ」というニュアンスで使われる泰阜村の方言です。こどもも老人も自然環境もそしてコミュニティも、「あんじゃねぇ」と安心して暮らしていきたいという願いからです。九州で絶望的な状況に陥っている小さな地域やその地域のこどもが、まさに「あんじゃねぇ」と安心して暮らせるための身の丈の支援を行います。