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事務局長しんのエデュケーションコラム


2013年12月
 だいだらぼっちは「できる子」が集まるところ?

 先日、東京、名古屋にてだいだらぼっちの説明会を実施しました。この説明会は、今年だいだらぼっちに参加しているこどもたちが来年の仲間を集めるためのもの。プログラムもセリフも全てこどもたちが考え、司会進行まで全て行います。

 実際にだいだらぼっちのこどもたちの生の声が聞けるということで、今年は25家族、60名近くの方が参加されました。これは例年の2倍以上!
しかし、その雰囲気にのまれることなく、実に堂々とした姿でこどもたちは説明していました。
その姿を見た参加した保護者のみなさんからはこんな言葉を聞くことが多くあります。「できる子が集まってるんですね」「うちの子には無理そう」。

 だいだらぼっちのこどもが特別なわけではありません。今回説明会に参加したこどもたちの多くは、昨年は逆の立場、説明会に参加していたのです。その時も、やはり同じような話しを保護者の方から聞きました。
 どうしてこどもたちは堂々と自分たちの暮らしを語れるのでしょうか?それは自分たちの暮らしに「誇り」を持っているからです。この話し合いに向けて、一か月前から話し合いを重ね、「どうやったらわかりやすく伝えられるかな?」「暮らしの様子がわかるようにしよう」「施設の写真は入れた方がいいよね」とこどもたちが考えていきます。その中でこどもたちは、一年の自分たちの暮らしを振り返ります。「私たちが大切にしていること」はいったいなんだったのか?話し合いと準備を重ねる中で自分たちの誇りを見出す作業をしていくのです。
 確かに説明会での姿は私が見ても立派に見えました。けれど他のこどもたちと違う才能があるとは思いません。どの子でも秘めたる力を持っていて、発揮する場があればいつでも出せるものだと思います。しかし今の時代に、こどもたちが存分にその力を発揮する場が少なく、そしてこどもの自信と誇りを育てる周りの人との「会話」、コミュニケーションが足りなくなっているのではと感じています。
 もうすぐ一年が終わります。こどもたちがこの一年できるようになったこと、がんばったことを家族でお話しください。それがこどもの新しい一年を創るはずだと信じています。







2013年11月
 あいさつでつながる縁

 先日、だいだらぼっちの小学4年生の女の子が遠足であった出来事を話してくれました。
 長野見学の帰り道、サービスエリアでだいだらぼっちのこどもとクラスメイトがトイレにいた女性に「こんにちは」とあいさつをしたそうです。その方に小学校の名前を聞かれて答えたところ、なんと,、その女性は泰阜村の出身、泰阜の小学校の卒業生だったのです。
 その後、女性がこのことを新聞に投書。そこには「あいさつの習慣が今も根付いていることに感動を覚えた。声を掛けてくれ、昔を思い起こさせてくれたこどもたちに、ありがとうと言いたい。」と結ばれていました。
 泰阜村のこどもたちはとにかくしっかりとあいさつをしてくれます。この村に初めて訪れた時、すれ違うこどもがみな挨拶をしてくれたのを思い出します。
 あいさつをしなければ出会えなかった縁。そしてあいさつがきっとこの女性にこどもの頃を思い出させました。またこの方が投書していただいたことで、泰阜村のこどもたちも自分の行動がとても素敵なことだったことを知ったはずです。
 最近のテレビやネットでは、誰かの弱みや失敗ばかりを大きく取り上げ、それを嘲笑したり攻撃することが多いように感じます。相手を叩けば、必ず自分に返ってきます。その応酬が幸せな社会につながることはありません。
 ただの「あいさつ」が起こした小さな幸せの話。これからの社会に必要なのは、何気ない「あいさつ」からなのかもと感じた出来事でした。







2013年9月
 こどもはこども同士で育つ!こども社会が育むもの

 今年も山賊キャンプが終了しました。ご参加いただいたみなさまありがとうございました。全30コース、1136名のこどもが参加し、朝に夕に、大きな声を山にこだまを残し、帰っていきました。
 キャンプには日本全国から小学1年生から中学生までが参加します。1年生の小さな子が大きなリュックを背負い、親元を離れて何泊も過ごす姿にすごいね〜と心の底から褒めたくなります。私も5歳の娘がいますが、自分の娘が一年生になったとき、果たして一人でキャンプに参加できるのか、あるいは親として参加させられるのかと考えたりすると、親も子もスゴイと思ったりもします。

 今年もキャンプに1年生の子がたくさん参加しています。つい数か月前まで幼稚園や保育園に通っていたこどもたちなので、できないこともちろんたくさんありますが、実は1年生がいることでキャンプは豊かになります。
 異年齢の集団で過ごす経験が少なく、特に小さな兄弟のいないこどもは、たとえ1年生でも自分と同じことができると思いがちです。だから小さな子が仕事をしていないと、強く責め立てたり、道具を譲ってあげるということもできません。しかし日が経つにつれ、年少の子がどれだけできるのか、を理解しはじめます。一方、自分がその子に比べるといかにたくさんのことができるということに気づきます。そうすると小さな子に配慮する姿が見られてきます。泣いていたら声をかけたり、出来ないことをフォローしたり、キャンプ開始当初の「できないことを責める」姿勢から、お兄さんお姉さんの姿を見せてくるのです。

 一方で、近い年上のこどもがいることもこどもたちには大切です。
 随分前の話になりますが、毎年、キャンプに来てはケンカばかりする子がいました。はじめて参加した時はまだ低学年、自分の思い通りにならないと泣きわめいて訴えるだけでしたが、大きくなるにつれ手が出るようになり、事あるごとにケンカをしていました。私たち長老や相談員から叱られ諭されても、またケンカするということを繰り返していました。一年に一回の関わりの中で大切なこと伝えるむずかしさや、気づいてもらうことのむずかしさを感じていました。
 しかしその子が一度もケンカをしないキャンプがありました。
 そのキャンプには小学生から何度もキャンプに来ている中学生の男の子と女の子が参加していました。2人は、困っている子がいれば声をかけ、楽しい時は盛り上げ、働くときも他の子を引っ張り、みんなのリーダーとなってこどもたちの信頼を得ていました。一言でいえばかっこいいお兄さん、お姉さんです。
 当該のケンカばかりしていた子ですが、大人から注意を受けても変わらなかったのが、驚いたことにその2人の注意には素直に聞くのです。もちろんカッとなって手が出そうな時もありましたが、そのたびに2人が間に入り、「ケンカするほどじゃないよ」「まあまあ」とうまくなだめていました。つまりこどもの中でルールが作られ、秩序が生まれていたのです。
 年の近い、しかも信頼を置いている年長者からの言葉は素直に聞けます。これはなぜでしょうか?それは、目標とできる人物が身近であり、その人に近づこうと思うからこそ、言うことを聞けるのだと思います。1年生のときに見た6年生はとても大人に感じます。いつか自分もこんな頼りがいのある6年生になるんだと希望を感じます。1年生にとって6年生になることは、実感のある未来なのです。しかし大人ができること、言うことは、大人だからできること、やれることであって、「大人」と「自分」の間には大きな壁があり、「そう言われたってできない」とできない理由になってしまうのです。よく「今、勉強しておかないと将来苦労する」なんて言葉をこども言うことがありますが、未来を経験したり、イメージできないこどもにはこの言葉が響かないのです。
 
 スポーツでもトッププレイヤーが一人いるだけでチーム全体の力が上がると言われています。一緒に遊ぶ仲間ができることは「僕にもできる」とチャレンジにつながります。年上の目標がいることで、自分ができると思っている以上のことを簡単に飛び越えることもあります。一方、年下の子がいれば年長者としてのプライドも育ち、小さい子にはできないことがあることも知り、思いやりも学びます。
 こどもにとって大切なのは、身近な存在に、目標となり諭してくれる年長者と、自分よりも弱い存在のいるこども社会です。そしてそれは多様であり、思い通りにならないこともあって、自分たちでルールが作られている『社会』でなければなりません。
 「正しい大人」では伝わらないことがたくさんあることをキャンプで身をもって感じます。清濁併せ持った中でこそ学びとることがあります。こどもだけで考え、行動できる場を創ることが我々大人の役割なのかもしれないと改めて今年のキャンプを終えて感じました。






2013年7月
 チャレンジがこどもの世界を広げる

 先日、だいだらぼっちでサイクリングに行きました。ここ数年、サイクリングはだいだらぼっちでちょっとしたブーム。往復70km、県境まで行ったこともあります。しかし、泰阜村は坂ばかり(というよりも登りか下りの坂しかない)の村です。気軽に自転車に乗るといっても、やるとなればハードな遊びになります。
 今回は最初のチャレンジとして片道7kmの近場のアイパークというところをゴールにしました。本番前に、こどもたちの体力の確認や安全な走り方を教えるために、20分ほど練習で近くを走ったのですが、終わった後、あるこどもが言いました。「ぼくの体力では無理。サイクリングには行かない」。
 ある意味、賢明な判断ではあります。本格的なスポーツサイクルでもなかなかきつい坂道、しかもプロの自転車レーサーも訓練に使うような場所です。こどもにとって決して楽しいだけのサイクリングにならないのは誰でもわかります。しかし、だいだらぼっちは「手を挙げたなら最後までやる」のが当たり前。私もその子に「やると言ったら最後までやる。やってみて出来なかったらそれもいいけど、やらずにやめるのはなし!」と伝えました。渋々その子も行くことになりました。

 こどものやる気もチャレンジも無限のもの。しかし時に、不安からブレーキをかけてしまうことがあります。「怖い」「大変」「できないかも」と、自分の弱さにばかり耳を傾けてしまうと、いつまでも世界は広がりません。「やる」も「やらない」も自分次第ですが、こどもに任せすぎると、その子が出来る範囲のチャレンジしかしなくなってしまいます。こども時代にチャレンジしなければ、当然、チャレンジすることを恐れる大人になってしまいます。
では必要なことはなんでしょう?それはその子に前に進める「手助け」をすることです。突き放すことで発奮する子もいれば、ずっと横で手をつないでいないとできない子もいます。「がんばれ」の声でやれる子もいれば、「がんばれ」の言葉がプレッシャーになり、出来なくなる子もいます。その子が一歩前に踏み出すために適切な方法を選ぶこと。そして何より、どんな形であれ乗り越えさせることがこどもの自信につながるのです。

 さてだいだらぼっちのサイクリングは7kmの道のり(ほぼ登り)を2時間かけて走り、無事に全員ゴールにたどり着けました。着いた瞬間、やめたいと言っていたこどもが言ったのは「今度はもっと遠くに行きたい!」でした。
自分の世界を広げた時、こどもたちは本当に清々しく、自信にあふれた顔をします。その顔こそが未来を作るのだと、つくづく感じる出来事でした。







2013年5月
 一人一票の精神

 2013年度のだいだらぼっちも4/1からスタートしました。今年は17名。小学生9名と中学生8名と小中学生のバランスはいいのですが、男子と女子のバランスはなんと5:12!女子が多い年になりました。
 さて年齢も男女もバラバラのこどもたちですが、だいだらぼっちで、いつの時代も変わらず大切にしているのは「一人一票」の精神です。簡単に言えば「多数決をしない」という表現になりますが、もっと詳しく言うと、「こどもも大人も、年下も年上も関係なく、だいだらぼっちではみんなが一票の権利を持っている。つまり誰かの意見を重要にしたり、適当に扱ったりせず一人一人の意見を大切にするということ。一方で一票を投じなければいけない義務もある。誰もが話し合いで決めたことに責任を持ち行動する。」ということです。これはどの社会に行っても大切な考え方で、当たり前のようにあるべきものですが、実行するのはなかなか難しいことです。
月暦という月ごとのスケジュールを作る話し合いで、今年度のこどもたちも早速この問題に直面しました。

 6月の予定でトランプ大会をやりたいという意見が出ました。トランプなんかいつでもできるじゃん。という意見に対して、提案した本人は「大勢でやりたい。大勢の方が楽しい」と発言。ならば日程だけ決めておいて、やりたい人を募ろうよ。ということまでは決まったのですが、その日程が決まらない。
  Aさん:「〇日にしたら?」
  Bさん:「その日は中学生がテスト前だから勉強したい」
  Cさん:「トランプ大会だけやるのはつまらないから、他のイベントとくっつけたい。だから×日」
  Aさん:「〇日なら他の予定はないし、一日中勉強するわけじゃないでしょ?」
  Bさん:「勉強もたくさんやれるときにやれるだけやりたい!そもそも×日でいけない理由はなに?」
  Aさん:「トランプ大会だけでつまらないならそもそもやらなくたっていいんじゃない?」
  ・・・

 全員が積極的にやりたいわけではないのに、〇日にしたら?×日にしたら?という意見を提案したがために、自分の意見を曲げられないし、自分の意見を大切にされないと、「なんで理解してくれないの?」とますます頑強に自分の主張を繰り返すことがあります。周りの子も「そこまでこだわる必要ないんじゃないの?」と思っていても、一人ひとりの意見を大切にしなければならないと考えると、ストレートに言ってあげることができない様子。「一人一票」が少し曲がった形で表現されるとこういったことになります。
 この話し合いで本当に決めたいことは「トランプ大会」をいつやるか?です。提案した本人もやれればいいはずだったのですが、自分が発言した日が否定され、ますます自分の意見をかたくなに守り、他の子もそもそもそこまで積極的でなかったのに、自分の提案した意見が正しいと信じ込み、それを理解しない子たちに対して、理論で戦おうとしていました。つまりゴールが「いつやるか?」を決めるから、「私の意見を通す」になってしまいました。振り返れば、みんな目指していたゴールは同じだったはずなのに、意見の応酬の中で、傷ついたり、反論されてムッとしたりする中で見失ってしまうのです。

 話し合いで大切なのは、主張し合うことではありません。対話の中で、それぞれが一番大切にしている点を見つけ出し、お互い納得できて、幸せになる結論を出すことです。そのためには、意見の中に発言した子の隠された真意を想像し、一方で自分の心の内にある答えをさがさなければなりません。「一人一票」とは、「相手の気持ちを汲んで、みんなで一番幸せに過ごすため」の話し合いのやり方で、決して「一票の権利を主張すること」ではないのです。

 決まらない話し合いは時間切れで翌日に持ち越し、無事に決まりはしましたが、実際にはやっぱりまだまだ「自分の一票の主張」の中で、なんとなく落としどころに決まっただけでした。こどもたちはこれから一年かけて、本当の意味の「一人一票」を学ぶことになります。その時に、きっとこのこじれにこじれたトランプ大会の話し合いが生きてくるはずだと信じています。










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