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事務局長しんのエデュケーションコラム


2013年1月
 体罰問題から考える「こどもの教育」

 体罰が大きな問題となっています。
 私の中学時代も体罰はありました。剣道部に所属していたのですが、稽古でも試合でもミスがあったり、気合が入っていなかったら容赦なく竹刀、ビンタ、げんこつが飛んできます。そもそも通っていた中学校で最も厳しい部活と言われていた剣道部。稽古中に水を飲まないのが当然の時代で、根性を育てることが第一。時に稽古で気合が入っていないと、夏の炎天下、しかも防具をつけたままで16kmを走らされることもありました。結果、入部当時、男子17名、女子12名が入った部活は引退するころには、12名まで減りました。私自身はやめなかったのですが、正直剣道部がいやでいやで行きたくなくて仕方ありませんでした。しかし辞めたいといえば殴られる。それがいやで辞められなかったのが本音です。
 体罰は指導者が肯定するものではないように思います。体罰を受けたこどもがトップアスリートになり、結果オリンピックに出てメダルをとれば、「あの時の先生の厳しい指導が良かった」と肯定します。そしてその選手が指導者になり、自分の成功体験をもとに指導すれば、やはり体罰ありきの指導になるのではないでしょうか。私自身も中学時代の剣道部にいたことは「今の自分を作っている」という意味で感謝しています。しかし、体罰を肯定的に捉えているわけではありません。あのとき乗り越えられなかった自分へのくやしさや、体罰を受けるのが怖いからと部活に積極的になれなかった後悔が、今の自分のバネになっているからです。一方で、私自身はその時の体罰は今でも鮮明に覚えていて、時々、なぜあの時殴られたのかを考えることが、この年になってもあります。
 結局、「指導」や「教育方法」を肯定するのは、自分の中で消化し、プラスの体験に転嫁できた者の側から言えることで、指導者が「体罰(を含む指導法)で結果が出る」というのは、結果を出した選手がいた、乗り越えられた選手がいた、という結果論でしかなく、そこから零れ落ちたこどもたちには光があたっていないように思うのです。
 このことはスポーツだけのことではなく、子育てにも言えるのではないでしょうか。人は育てられたようにしか育てられません。多くの人は自分の親がしたように自分のこどもを育てます。「今の自分」を肯定すればするほど、その「育て方」が正しく感じ、固執します。なのでそこを崩すことは最も難しい。なぜなら今ある自分への否定にもつながりかねないからです。
 厳しい育て方が合う子もいれば、一緒に寄り添い、導くことで育つ子もいます。厳しさがバネになる子もいれば、肯定されないと前に進めない子もいます。「体罰がダメ」は当然です。一方、「愛がある体罰はOK」という考えも根強いです。しかしその「愛」とは誰が測るものでしょうか。今、大切なのは「育て方」を含む「教育手法」や「指導法」といった、親や指導者を立脚点とした考え方から脱却し、目の前のその子自身が最も育つ方法を、親や指導者が考えることではないでしょうか?「体罰の禁止」という単純な答えだけでは、本当の意味で今回の問題の解決には至らないように思います。自分自身も教育者のはしくれとして、自戒を込めてそう考えています。






2012年12月
 『誇り』と『自信』が人を育てる

 年も押し迫った先日、だいだらぼっちのこどもたちは東京、名古屋に赴き、来年度のだいだらぼっち参加を検討しているこどもやその家族に説明会を行ってきました。
 この説明会は、こどもたちが司会進行はするのはもちろん、何をどのように伝えるか、方法や台本もすべてこどもたちが考えます。目的はもちろん、来年度のこどもたちのために「だいだらぼっちをわかりやすく説明する」こと。しかし一年も半ばを過ぎたこの季節にやることは、こどもたちにとって非常に大きな意義があります。それは「自分たちが暮らすだいだらぼっちはどんなところなのか?」を改めて自分で考えるチャンスだからです。
 一年のはじめ、特別だっただいだらぼっちの暮らしも、8か月も経てば、こちらが日常、当たり前の暮らしになります。当初がんばっていたことも、少し投げやりになったり、適当になることは誰でもあること。むしろ持続することは大人でも難しいものです。そこで、説明会に向けて改めて自分の暮らしを見つめなおすことで、「僕たちはこんなことがんばってきたんだ!」「やっぱりスゴイ暮らしをしているんだ!」と誇りを持ち、聞いている参加者の驚きや感嘆の反応がこどもたちの自信につながります。
 今年のふりかえりをこどもたち一人一人としました。「楽しかったことは?」と聞くと、「雪の中の薪作業!みんなで団結して大変なことを乗り越えるのが楽しかった!」と多くのこどもが同じ答えを出しました。きっと彼らは人と協力することや、大変なことにチャレンジすることがだいだらぼっちの
「誇りと自信」だと身体で感じ取っています。残り3か月も、そしてだいだらぼっちを卒業した後も、「誇りと自信」はこどもたちの根っこの栄養となり、前向きに歩ませる力となっていくのです。

 こどもだけでなく、大人もそうですが、成長に必要なのは「誇り」と「自信」です。最近、大人もこどもも自己肯定感が少ない人が多いという記事を見ました。「誇り」も「自信」も自己肯定を分解した言葉だと思います。
 暮らしとはまさに生き方。自らの生き方に誇りを持つことは、自発的な行動を生みます。生き方にどのように関わるのか?自分たちの暮らしこそが誇りを持てれば、きっと自己肯定感も自ずと育つのではないかと思います。
 今年も一年が終わります。自分自身もこどもたちに負けないように「誇りを持てる暮らしをしているか?」を改めて問い直し、また新しい一年を迎えたいと思います。






2012年11月
 毎年恒例 だいだらぼっち劇場!

 だいだらぼっち祭りが今年も11月10日・11日に行われました。だいだらぼっち祭りとは26年前に始まったもので、日頃お世話になっている地域の方やお父さんお母さんに感謝の気持ちを伝えるものです。今年のテーマは「感謝の数だけ笑顔を咲かそう〜43人のありがとう」とこどもたちが考えました。とても素晴らしいテーマです。
 さてこの祭りの恒例行事となっているのが、「だいだらぼっち劇場」という、こどもたちが自作したオリジナルの脚本による劇の上演です。脚本もオリジナルならば、キャスティングも自分たちでオーディションをやるという念の入用で、毎年オーディションでは涙あり笑いありの悲喜こもごものドラマが繰り広げられます。
 この脚本づくりは、私もこどもたちと一緒にやっています。というのも、実は私が学生時代に演劇をやっており、仲間と劇団をやっていたこともあったからです。こんな過去も役に立つならと、こどもたちと額を合わせて一緒に創り上げること、8年(中にはかかわっていないものもありますが)。これが非常におもしろい。

 まず劇の台本隊という担当が数人いるのですが、当然初めて劇の台本も作るので、どうやっていいかわからない。なにより「どんな内容にするか」も決まっておりません。だから最初は「どんなのやりたい?」と聞きます。大人でいうブレインストーミングというやつです。そうすると「探偵もの!」「タイムスリップ」「お姫様が出てくるの!」「戦うやつ!」とそれぞれ本当にざっくばらんなアイデアがあふれます。こんなことも聞きます。「だいだらの子たちに、どんな役をやらせたらおもしろそう?」「〇〇ってお嬢様とかの役やったらおもしろそう」「いつもきついこという□□は探偵とかどう?」と、こちらもどんどん出てくる。次は具体的な内容に移ります。それぞれ出たアイデアでどんな話ができそうか、ひとつひとつ検証していきます。そうするといくつか話が行き詰って、なんだかあんまりおもしろくなさそうなものも出てきたり、逆に可能性を秘めてくるものも出ます。「それ、おもしろそう!」とみんなが盛り上がってきたらどんどん膨らませるのです。

 そんな中、今年の劇として決まったのは時代劇。しかもタイムスリップした主人公が織田信長に間違われ、持っていた教科書で苦難を乗り越えるも、迫る本能寺の変にむかってどうなるのか?という内容でした。
 こどもたちと台本づくりをやっていておもしろいのはやはりその発想力の豊かさです。一緒に作らなければ、出てこないアイデアばかりです。時に稚拙なアイデアもありますが、話が進むにつれ、それが重要な役割を担うこともあります。みんなが話を作るというのは、趣味嗜好も違い、学年が違えば考える力も違うので、難しいことはたくさんあります。しかし、みんなで気持ちを寄せ合い、それぞれのアイデアを「おもしろがっている」と、時に、思いもよらぬ物語が生まれ出てくるのです。
 今年の劇はおかげさまで大変な好評をいただきました。テレビ局関係で働く保護者の方からも「プロが作った?」と言われたり、中学校の校長先生からは「歴史をよく勉強していた」とお褒めの言葉もいただきました。
「台本を作るなんて難しい!」「作れるのは特別な人だけ。」誰でもそう考えます。演劇をやっていた私もそう思います。しかし誰かの特別な才能に頼るのではなく、当たり前の普通の小学生や中学生がアイデアを持ち寄ればこんなこともできてしまうのです。だいだらぼっち劇場は、わたしたちの既成概念を簡単に壊し、知恵を寄せ合えばなんでもできてしまうという、こどもたちの無限の可能性をいつも教えてくれます。






2012年10月
 「マンガを廃止!」ある日のだいだらぼっちの話し合い

 先日、だいだらぼっちである一人のこどもが手を挙げ、ひとつの話し合いがありました。
 テーマは「マンガを読んで、夜更かしして起きて来なかったり、夢中になっていてご飯だよと声をかけても出てこない!こんなことならだいだらぼっちではマンガを廃止すべきだ!」というものです。
 他のこどもたちは、同意するものもいれば、心当たりがあって下を向くもの、やっている行為は間違っているけれど、マンガを廃止するのは行き過ぎだというもの様々でした。この話を引き金に「消灯後、電気がついていると寝られない!」など話し合いは紛糾。いつになく活発な話し合いが行われました。
 つい最近、私は「自律」という話をこどもたちにしました。どんな話かというと、だいだらぼっちは自分のことは自分でやる生活。最近、めっきり寒くなってきたところで、面倒くさがって上着を着なかったり、布団を厚めのものに替えなかったり、あるいは食欲の秋だからなのか、夜ごはんが終わってから、おにぎりや果物をやたらと食べるこどもが増えたところで、「自分をコントロールすることが大切。面倒くさいとか欲望が支配すると、体を壊したりして、結局自分が苦しむよ」というものです。
 この話が思いのほかこどもたちにも響いていたようで、話し合いでも「自律ができていない!」と手厳しく追及されておりました。
私自身は正直、マンガは大好きです。ストレス解消にマンガを読むこともあり、だいだらぼっちの大人数での暮らしを考えると、本やマンガ、CDを聞くなど、多少なりとも自分だけの世界に浸れる時間は必要なのだろうと思っています。しかし、一方でマンガを読むことが第一になり、ご飯当番に入らなかったり、自分たちが決めた計画に遅れたりするのは、マンガに自分がコントロールされていることになります。
 海外ではネットゲームのやりすぎでご飯も睡眠もとらず亡くなった方もいると聞きます。自分の人生、生き方が自分でも知らぬうちに他の何者かにコントロールされているというのは、SFの世界の話ではなく、現実となっています。マンガだけに限らず、携帯電話やスマートフォン、ファッションや流行などなど、自分が自分をコントロールしているつもりでも、それに支配されていることはよくあること。けれど自分の本当に大切なものを見失い、本物の「自分の時間」を失ってしまうことはとてももったいないことのように感じます。

 さてだいだらぼっちの話し合い。結局、当の本人から「みんながそう思っているのは分かった。でもマンガは私にとって大切なものなので、がんばるから廃止にはしないで」という言葉と共に、みな納得して終わりました。
 こどもたちだけでなく、大人にとっても「自律」は難しいこと。けれど、「大切なものは何?」という問いかけをして、自分の行動を決めるのは日々の訓練でしか得られないものです。今回の話し合いでは、大勢で暮らすことの意味、そして仲間が言いにくいことを言ってくれる環境はどの子にとっても大切な経験だったことを教えてくれたように思います。






2012年8月
 「山賊キャンプ開催中!こどもはキャンプで成長するのか?」

 今年も1100人を超えるこどもたちが山賊キャンプに参加するためやすおか村を訪れています。毎年参加するリピーターは3割から4割。2回目、3回目という子から、10回以上という強者もいます。今年も一年ぶり、あるいは冬キャンプぶりに会ったこどもと再会しているのですが、声変わりをしていたり、細かった腕がたくましくなっていたり、その成長している姿に驚きと喜びを感じます。

 さてキャンプも後半戦。キャンプが終わるとともにアンケートも返ってきています。保護者の方から「自主性が生まれたように思います」「大きく成長しました」「家で台所に立つようになりました」と、変化と成長を喜ぶものが届きます。一方で、一緒に過ごしたボランティアの中には、短いキャンプの期間で大きな変化を見ることができず、「もっと変わるかと思っていた」と感じることもあるようです。
いったいこどもの成長とはなんなのでしょうか?
 私は山賊キャンプでの成長は「できない」から「できる」に変わること、ではないように思います。確かに「できない」ことが「できる」ようになるのはわかりやすい成長ではあります。しかし短い期間で「できるようになる」のは至難の技であって、できるようになったというよりそのほとんどは、「やったことがないことをやってみたらできた」ということだと思います。そう考えると、もっともっと日常の中でこどもたちにチャレンジの場を与えることはとても大切ですし、キャンプがその役割を負うことも意味があります。
 私はそれよりももっと大切なことは、非日常体験の中で、経験の少ない子供たちが、これが楽しい!という遊びや楽しみを見つけることや、誰かに認められたり、役に立つ経験の中に喜びがあることを自ら発見することの方が大切なのです。なぜならそこで感じた「心地よさ」がこども自身の視野、価値観や考え方の幅を広げ、こどもに新たな道を見せることができるからです。これはこどもにとって「心の貯金」となります。その成長はすぐには目に見えないかもしれません。しかし確実に心に種を植え、いつか育つのです。

 何ができるか?何ができているか?を大人の価値観で判断すると大人もこどもも苦しくなります。けれど、いつかの未来に芽吹く種を植える心持ちであれば、どちらも心に余裕がうまれます。「教えるとは共に未来を語ること」。目の前の変化よりも、未来の成長のためにたくさんの喜びや楽しみを共有することが成長には大切なのだとキャンプを通じて、また強く思います。そして今年もこどもたちがたくさんの喜びや楽しみを「心の貯金」として持って帰ってくれることを願います。





2012年7月
 「大変ってたのしいね」

 先日、山から薪をだいだらぼっちのこどもたちと出してきました。薪は楢の木の風倒木(風で倒れてしまったもの)。しかも倒れている場所は、斜面を下って、ギリギリ車が入る場所からかなり離れた場所です。「どうやったら簡単に運び出せるか?」を棟梁(作業の際に仕切る役目)が中心となり考えた結果、
 1:太いものはクサビで割って持てる重さにする(と言っても10kg以上)
 2:A地点からB地点へ持っていき、さらにB地点からC地点へと、ピストンで運ぶ
 3:滑車をとり、斜面の上からみんなで力を合わせてロープでひっぱりあげる。 というものでした。想像するだけでも面倒な作業。ただそれ以上に最善の方法もない様子です。
 重い薪を一人では持てない場合は協力して持ち、ロープで引っ張るときは、声を出して全力で引きます。朝8時から始めた作業は4時過ぎまでほとんど休憩せずに行いました。自分たちの冬を超すための薪になるとはいえ、こどもたちには重労働のはずです。しかし作業が終わってこどもが言ったのは、「めちゃくちゃ楽しかった!」の一言。作業で疲れているはずなのに晴れやかな笑顔を浮かべていました。
 
 また夏のキャンプに向けたボランティア研修会がありました。そこには小学生のころからキャンプに参加していたこどもが、高校生となってボランティアとなって戻ってきている姿がありました。久々の再会にひとしきりキャンプの想い出に花が咲いたなかで出てきた話はどれも、大変だったときの話。「あの時は大雨が降ってご飯ができなかった」「ケンカが多くて話し合いばかりだった」。こどもたちは実に楽しそうに話します。

 「大変が楽しい」の裏には、自分の力が役に立つ実感、仲間と一緒に成し遂げる感動があります。それを感じたときにこどもは予想以上の力を発揮することがあります。乗り越えた経験こそ宝。そしてこどもたちは困難を乗り越えたとき、自信に変換する力が備わっています。「楽しい」ことが与えられるばかり、あるいは買って得るものが多いこの時代に、本質的な喜びを知ったこどもはたくましく育っていくのだと、改めて実感します。






2012年5月
 「当たり前がこどもの地力を育てる」

 17名でスタートした2012年度のだいだらぼっちも2か月が過ぎました。冬に向けたストーブ用の薪作業や田植えを終え、少し落ち着いた日常がながれて おります。そんなハードな暮らしに、今年初めて参加したこどもたちはへとへとになっているかと思いきや、意外となんとかなっている様子です。なぜなのかと 考えたところ、どうやらこれは継続組の後ろ姿の在り方にあるようです。だいだらぼっちの暮らしでは当然掃除もするし、ご飯づくりもするし、薪割も、田んぼ も畑もやって、もちろん学校へ行き、宿題もする。それを継続組が当たり前に堂々とやっている姿は、「だいだらぼっちはこういうものなんだ」と、新規のこど もたちに思い込ませ、「やって当然」の雰囲気ができることで、こどもたちはいとも簡単に苦しさも乗り越えてしまったようです。

 だいだらぼっちは薪の暮らしをしています。毎日入るお風呂や冬に使う薪ストーブ、陶芸を焼く登り窯など薪を燃料としています。だから薪割はこどもたちの 大切な仕事となります。しかし数年前、薪割機という機械を導入したところ、斧を使った薪割は途端に下火になり、山と積まれた薪を処理するのは薪割機、斧で の薪割は必然を失ってしまったのです。こどもたちの暮らしを助けるはずの便利な道具は、こどもたちから役割と大切な学びの機会を奪ってしまいました。
 それから薪割機を片づけ、斧だけを使うようにしたところ、現在は、その薪割機を使うのは炭焼きのような長い薪を割る時か、保護者の方で作業をする時くら いなもので、だいだらぼっちのこどもは使わないことが「当たり前」になっています。むしろ斧でどんな薪でも割れることが「カッコよく」機械に頼って割るこ とはプライドが許さないのです。だから一年目のこどもたちも、継続の仲間が薪をたやすく割っている姿は憧れと映り、「いつかは割れるようになりたい」と 日々精進していきます。「当たり前」が引き出す、こどもたち本来の力の見本のように思います。

 電気があって「当たり前」、24時間お店が開いていて「当たり前」、食べたいものが食べられて「当たり前」という状況を震災は大きく揺るがしました。
一方で阪神淡路の震災以降、国内外を問わず災害に見舞われた地域があれば、誰もが「何か役に立つことはできないか?」と考え、ボランティア活動が「当たり前」になりました。

 再び灯りはじめた夜の街を煌々と照らすネオンを東京出張で見たときに、様々な思いが去来します。震災によって学んだ「当たり前」とはなんなのでしょうか?私たち大人がこどもたちのために、次の世界を作る「当たり前」を考えなければなりません。




2012年4月
 「新年度スタート 自分で決めるこどもたち」

 4月といえば、一年のはじめ、新たなスタートを切る季節です。東京の出張であちこちの大学や町を歩きましたが、どこも初々しい新入生や新社会人の姿が目につきました。

 2012年度、だいだらぼっちも17名のこどもたちで27年目がスタートしました。5年生が5名、6年生が3名、中1が5名、中2が3名、中3が1名の こどもたちです。集合した4/1はどの顔も緊張に顔を強張らせていながら、新たな生活、初めての仲間との出会いに期待に胸を膨らませている様子でした。
さてだいだらぼっちに入るための条件は学年の制限もありますが、最も大切なのは「本人のやる気」。つまり、誰かの強制ではなく、自分の意思で決めるということです。実は「自分が決める」ということが、一年間の成長の土台になります。

 だいだらぼっちの生活は「自分で決める」の連続です。「朝ごはんは誰が作る?」「お風呂はどうやって焚く?」「薪作業のやり方は?」「一年間何をして遊 ぶ?」…自分たちの頭で必死に考え、答えをださなければ一歩も前に進みません。もっといい方法があることはしばしばです。しかし出した答えが正しいか、間 違っているかは、実はたいした問題ではないのです。答えを出すこと、そしてその答えに責任を持つ中で、こどもたちは、「自分の足で自らの人生を歩む」こと を学んでいきます。

 一方、大人になっても答えを先送りにする人もいます。「何がやりたいかわからないからとりあえず○○する」。失敗を恐れ、答えを出さなければ前には進むことはできないのです。

 だいだらぼっちのこどもは小学生でありながらも、自分の生きる道を自分で考えています。失敗も成功も自分持ちの一年間。誰かのせいではない。きっとたく さんの大変なこともあると思いますが、それ以上の喜びや楽しみも待っているはずです。しかしその楽しさも自分の手で勝ち取っているからこそのもの。みなさ ん、こどもたちの一年間のチャレンジ、みなさま応援をお願いいたします。


暮らしの学校「だいだらぼっち」HP



2012年2月
 「1250度の世界からこどもたちが学ぶこと」

 先日、だいだらぼっちでは登り窯が焚かれました。登り窯とは陶芸を焼くための窯のことで、文字通り、焼き物を入れる部屋が階段のように登っていく形状を しています。作品を完成させるために、1250℃まで温度を上げます。そのためには5日間24時間休むことなく焚き続けなくてはなりません。
 さすがにだいだらぼっちのこどもたちは学校を休んで焚くわけにはいかないですし、寝ずの番をするわけにはいかないので、金曜日の夜から日曜日の焚きあがりまで4時間交代で行います。
 温度を上げると一言で言っても、そう簡単ではありません。必ず温度が下がる、あるいは全く上がらないタイミングがあります。それは当番が替わるときで す。次の当番へ窯の様子や、今まで焚いていた方法やなぜそのやり方で焚くのか、また起ったトラブルなどを共有します。ただこの引き継ぎがとても難しい。例 えばこんな感じです。
「火吹き穴から火が引いたら、窯の中を見て、炎が透明になったら、中くらいの薪を左右に7本いれていた」。
炎が透明という感覚も、中くらいの薪の大きさも人それぞれ。受け手の感覚のままやっていくと、どんどん温度が下がってしまうのです。
 1000℃を超えた窯の中です。薪を入れさえすれば面白いくらいに燃えていきます。しかし温度を上げるということは単純ではなく、1000℃を超えたあたりから、1℃を上げるにも四苦八苦するほど繊細なものなのです。
 こどもたちのゴールはあくまで焼き物を焼くこと。1250℃にまで焚きあげることです。自分の当番を精一杯やることももちろん大切ですが、そこで培った 経験を次の仲間に伝えなければ結果は得られません。言葉で伝えきることは難しいと悟ったこどもたちは、一緒に窯を見て、一緒に状況を確認することで、言葉 を補います。「これくらいの炎だよ」「薪の量はオキ(薪が燃えて炭になったもの)を見て考える」など、状況を共有することで、次のリレーがうまく回り始め ます。
 窯焚きは共同作業のおもしろさや感動、ものを作り上げる喜びや、自然の恵みを感じる最高の教材です。その中でも、私が思う一番の学びは、相手に自分が考 えていることを伝えることのおもしろさと難しさであると思います。メールやインターネットで一瞬にして相手とつながる時代に、「一緒に見なければ伝わらな い」という伝達手段は非合理的かもしれません。しかし、だいだらぼっちのこどもたちは伝える難しさを知っているから、言葉の重みを知っています。相手に伝 えるためにどうすればいいかを本気で考えますし、汲み取ろうと努力します。コミュニケーションは一方通行ではありません。どちらも向き合ってこそ成立する ものです。
 窯焚きを終えたあと、母屋は笑顔に包まれていました。小さな出来事に共感し笑い、それぞれ別のことをしながらも、同じ空気を共有している、そんな雰囲気 です。困難な中でお互いを理解する経験は仲間との距離を縮めました。相手を思いやるための一歩は、意外と簡単なところにヒントがあるように感じます。




2012年1月
 「新年を迎えて」

 新年のご挨拶を申し上げます。
この原稿を書いている現在も山賊キャンプが実施中のグリーンウッドは、仕事納めと仕事初めが同時に行われます。特に年をまたぐお年とりコースキャンプを やっていて、こどもたちと除夜の鐘をつきに行くのが恒例ですが、その瞬間が仕事納めであり仕事初めでもあります。まわりの人たちからも「大変ですね」と言 われますが、今年もいつもと変わらぬ新年を迎えられることにまずは感謝です。

 山賊キャンプもだいだらぼっちも「暮らしから学ぶ」が活動理念です。暮らすことこそ、
学びがあり、そこにある面白さには深みがあると考えています。現に参加しているこどもたちも、「もちつき」や「登山」その他の遊びも大いに楽しんでいます が、最後に楽しかったのはと聞くと「ご飯を作ったこと」や「みんなと一緒にいた時間」と答えます。なにをするわけでもなく、ただみんなと暮らすこと。そこ にこどもたちは感動します。一転、日常に目を戻すと、日々の生活は変化もなく、代わり映えのない昨日と今日の連続が続くように感じてしまいます。キャンプ はこどもたちにとって一大イベントです。遊園地や旅行に行くことと同じなのかもしれません。しかし、そこにある「面白さ」の本質が実は日常にあることをこ どもたちが気づくことはとても大きな意味があるはずです。

 ひとつ前のコラムでも書きましたが3.11の震災は私たちの生活に大きな影響を与えました。震災は今日と同じ明日の保障はない現実を私たちに突きつけま した。しかし遠く被災地から離れている私たちは「今日一日がかけがえのない」ことを忘れがちです。「暮らす」ことは「生きる」ことです。日常の中に喜びも 悲しみもが詰まっています。特別なことは必要ない、暮らすことをどう楽しめるか?毎日をどう大切にできるか?今年も全力でこどもたちに伝えていきたいと考 えています。




2011年12月
 「年の瀬を迎えて」

 12/28に泰阜村の小中学校も終業式を終え、だいだらぼっちのこどもたちも、それぞれの家に帰っていきました。今年のこどもたちは関東方面からの参加 者が多いので、みんなで一緒に高速バスに乗りあわせて帰るそうですが、お父さんお母さんが迎えにくるところもあります。迎えに来てもらったこどもたちは、 ちょっと恥ずかしそうに、でもうれしそうな、ホッとした表情で車に乗って帰っていきます。当たり前ですが、家族が一番安心する場所です。その場所を持って いる彼らは本当に幸せものです。

 今年を語るにあたって3.11の震災は避けて通れません。被災地から遠く離れた長野でも、翌日から下伊那周辺でもガソリンスタンドが空になり、お店では カップラーメンやトイレットペーパーが姿を消し、原発事故からはペットボトルの水も売り切れ、日本の経済や流通基盤がこれほど簡単に壊れていくのか?とい う様をまざまざと見せつけられました。今まで信じてきた価値観の崩壊は日本中の脅威だったに違いありません。
 しかし一方で今回の震災で多くの出会いもありました。キャンプでつながった福島のこどもたちやだいだらぼっちに来ている被災児童たち。ボランティアで参 加した勿来地区の方々や、宮城で必死に震災から復興に進む方々の出会いは、私たちに「支えあう」こと「つながっている」ことの大切さを全身で教えてくれま した。福島からキャンプに参加させた保護者の方からの手紙には、「今まで人の輪っていうのが、よくわからなかったんですが、皆様の温かい心遣いでわかりま した。」という言葉がありました。

 震災以降、私はよく映画「もののけ姫」のセリフを思い出します。モロ(大きな犬)が劇中に言います。「シシ神は与えもするが、奪いもする」。シシ神は自 然の化身として登場します。なるほど自然の驚異と恵みを見事に言い当てた言葉だと思います。先日、訪れた宮城南三陸の海で復興支援の釣り船に乗りました。 穏やかな海でサバやアイナメを釣っているとき、ふと見上げた先にはガレキに埋もれた港と、少ない漁船の数は圧倒的な自然に敵わない人のもろさを感じまし た。しかし一方でこの海から恵みをいただいている事実。自然への畏敬の念や折り合いをつけながら暮らすことの意味を知ることになりました。

 私たちが今まで見落としてきた大事なものを、この震災から私たちは学んでいます。だからこそ、「だいだらぼっち」や「山賊キャンプ」でこどもたちに伝え ていくことの意味がさらに大きくなったように感じています。まだまだやりたいこともやれることもたくさんあります。しかし力及ばず、できないことが山のよ うにあります。まずは一歩一歩、足元から、目の前にいるこどもたちに伝えていきたいです。
 最後になりましたが、本年も応援していただきありがとうございました。また新年もよろしくお願いいたします。みなさまよいお年をお迎えください。



2011年11月
 「未来を見据えた一歩は裏切らない」

 グリーンウッド本部から車で20分の元学校林。そこにグリーンウッドのツリーハウスがあります。
 学校林とは学校の付属の森で、そこに植林した木を売ったり、薪にしたり、学校の建築材にするなどの財産にしたり、あるいはこどもたちの教育に活用するた めのものです。全国的に拡がり保有している学校も3,000校とも言われていますが、今では価値がなくなり荒廃していることが多いようです。
 そんな学校林をあんじゃね自然学校の付属施設として使わせていただいき、7年前、ツリーハウスを建てました。当時はヒノキの植林地で、植生も貧しく、 真っ暗な森。ツリーハウスを建てたのはいいのですが、距離も遠く、急峻な土地で遊ぶ場所もない。どうやって活用するか?といつも頭を悩ませていました。
 それでも「どうにかしよう!」と動いて、最初はただツリーハウスに泊まるだけ。次は少し間伐をして遊べる場所を作って、ツリーハウスをカフェに改造して ファミリーキャンプをやったこともありました。その後、夏キャンプのこどもたちのベース基地になったり、ツリーハウスバーにチャレンジしたりと少しずつ 使っていきます。それでも年間に使われるのは数日程度。想いはあっても現実は追いつかない状態が数年続きました。しかし4年前、村の保育園児を対象とした 「森のようちえん」事業がはじまって、月に1回、こどもたちの歓声がこだまする山へと変化してから、大きく動き始めました。保育園のこどもたちがもっと自 由に、もっと楽しく遊べる森へと変えるため、昨年は100本近くを間伐し、明るくそしてフィールドを拡大していったのです。

 そんなツリーハウスも7年経ち、床が腐ったりと老朽化したので、大掛かりな修繕を行うイベントを行いました。泰阜村の小学生15名、中学生ボランティア 3名、青年団2名、保護者1名、当時ツリーハウスの建設にかかわってくださった方3名とスタッフの総勢28名の参加があったそうです。小学生の大半は保育 園時代にあんじゃねの森で遊んでいたこどもたちでした。
 7年前に建設したときは、「地域のこどもたちとその親が自由に遊べる遊び場にしたいね」と夢を語っていました。しかし、その成果を早急に求めても、当時はこれだけ多くの人が集まる場所になることは難しかったでしょう。
 だいだらぼっちも開設当時、かにさんやギック、むさしは少ないスタッフで働きながら、「いつか15名くらいのスタッフでやりたい」と話していたそうで す。それが今や現実となっています。その一歩はたとえ小さくても、未来を見据えた揺るがない一歩であれば、大きな歩みへと変わります。
 早い成果や即効性の効果が求められる時代ですが、今がんばったこと、努力していることが花咲くのはいつになるかはわかりません。ただあるのは弛まぬ努力 と歩みを止めないこと、そして希望を語ることの大切さではないでしょうか。今回のツリーハウス修繕の光景を見ながら、そんなことをこどもたちにも伝えて行 きたいと思いました。



2011年10月
 「生と性」

 10月9日は娘の誕生日です。今年で3歳になりました。
当時は全く立ち会うつもりはありませんでした。というのもイメージだけで「怖い」「自分が倒れてしまうかも…」という不安ばかりがあったからです。しかし 当時診て頂いた助産院の立会い出産講座(?)に、なかば強引に参加させられ、考えは一変。自分の無知さにあきれながら、一方でこれは一緒に体験しなければ という考えに変わっていきました。
 そして出産当日。最初の破水から24時間以上かけ、やっとのことで生まれ出たときは、妻に「おつかれさま」の声も言葉にならず、何故かわからないですが 泣けて泣けて仕方ありませんでした。それはただの感動よりももっと深く、自分の命や細胞、動物としての本能的なところが感動で震えているように感じまし た。
 生命が生まれることの神秘、人間や生き物への尊厳、自分のこどもが生まれたこと。いろいろな感情や感動が渦巻きながらも、「こうやって自分も生まれてき たんだ」ということに驚きや親への感謝も沸き起こってきました。出産に立ち会ったことで、今まで感じたこともない感情に出会ったことは、とても素晴らしい 出来事でした。

 先日、昔一緒に働いていたスタッフが訪ねてきました。現在は中学校の保健の先生ということで、今度性教育の授業をするためにいろいろ考えているということでした。
私自身は「生」も「性」もどちらもはっきりと教わった記憶がありません。日常の中で(男同士の話であるとか)少しずつ聞いたことをつなぎ合わせて今の自分 の知識になっているように思います。だからこそ娘の立会い出産のために教わったことは衝撃的でした。正しい知識を知らずに怖れていた自分の無知さに恥じ入 りながら、もしかしたら他のみんなも同じなのではないか?とも感じます。
 どちらも生命の誕生に関わる大切なこと。しかし、なかなか正しく伝えられる機会は少ないのも事実です。その仲間にも「率直に伝えたほうがいい」と言いな がらも、繊細な問題だけに伝え方はとても難しいものです。それでも「正しく知ったからこその感動」に勝るものはないように思います。
 その仲間が果たしてどんな授業をするのか?報告を楽しみにしながらも、先生だけでなく、親となる全ての人が考えなければならない問題かもしれません。



2011年9月
 「9・11を迎えて」

 8月のエデュケーショントークをキャンプの忙しさを理由にサボってしまいました。先日、掲載されてない!とご指摘をいただきました。こんな駄文でも読んでいただける方がいるのはうれしいことです。
気を取り直して9月のエデュケーショントーク。

 9・11のテロ事件から今年は10年を迎えました。実は9・11の事件を見て私は転職を決意し、結果グリーンウッドで働くことになったのです。
 あのニュースをテレビで観ていたときの衝撃は今でも忘れられません。「世界が壊れる・・・」崩壊していくビルを見ながら、何千人の人が働いていた痕跡 と、これから戦争が始まる予感から、そんな恐怖を感じたのを覚えています。一方であれだけの事件があり戦争がはじまったにも関わらず、それでも変わらずに 続く自分の日常は、日本に生まれた安心感よりも、平和な社会の上でしか成り立たない仕事をやっていることや、今の仕事が世界の平和に果たして役に立ってい るのか?という歯がゆさを感じたのを覚えています。
 そこから「世界平和に関わる仕事がしたい」と仕事探しをはじめ、たどり着いたのが「こどもの教育」に携わることでした。経緯についてはかなり簡略化しました(笑)

 「世界平和」のために「こどもの教育」を選んだわけですが、私はだいだらぼっちや山賊キャンプで特別に戦争の話をしたり平和教育をするわけではありませ ん。大切なのは「互いを認める」ことなのです。隣にいる友達を大切にできない人が、遠く離れた異国のことまで思いやることはできません。どれだけ近くの人 を「思いやり」「耳を傾けられるか」を『暮らし』の中でこどもたちに伝えて行くことが、もどかしいようでも「世界平和」の近道であると信じています。

 無縁社会などと言われ、人間関係の希薄さが問われている時代です。しかし今回の地震にしろ、10年前のテロ事件にしろ、地球を一回りして、いろいろな人 に影響を与え動いています。「風が吹けば桶屋が儲かる」とはうまくいったもので、地球上の人と人はどこかでつながって影響しあっているはずです。ボラン ティアに立ち上がり、自分できることは何かと考えて行動する人もいれば、一方でやられたことはやり返すという負の連鎖にはまりこむ人もいます。起こった出 来事からどのようなことを学び、行動するか?こどもたちの選ぶ力を養うことも大切な役割だと考えています。
10年たって流れるテロの映像は、今でも変わらず私の心を揺さぶります。自分なりの「世界平和」への行動は、果たして効果があるのか、ないのか?これは一生をかけて挑まなければ出ない答えだと思っています。



2011年7月
 「誰もが教育者」

 山賊キャンプには毎年300名以上のボランティアが関わってくれます。その中には、高校生もいます。彼らのほとんどは山賊キャンプの元参加者で、昨年度 まではこどもとして参加していました。中には小学1、2年生くらいから知っている子もいて、研修会でボランティアとなったこどもたちに会うと、あの頃の面 影を残しつつ、ちょっと大人になった姿にびっくりします。こどもの時は元気よく、「しん、しん!」と話しかけたり、泣いたり、すねたり、たまに生意気なこ とを言ったりしていた子が、しおらしく敬語を使う姿を見て「大きくなったな」と微笑ましく、感慨深いものがあります。
 私自身は高校生時代に「ボランティア」活動を自分からやろうなんてことは思い浮かぶこともありませんでしたが、彼らはキャンプに参加していた頃から、 「高校生になったら絶対相談員(ボランティアリーダー)になって戻ってくる!」と宣言していました。キャンプで一緒に活動する、相談員のお兄さんやお姉さ んの姿に憧れと尊敬を感じていたようです。
 教育と言ってしまうと非常に大仰に聞こえますが、このボランティアとこどもの関係はまさに教育の姿です。人の背中を見て、真似たくなる、憧れる、それが良いことだと感じるというのは本人たちが意識しなくても教育の成果です。
 私自身もこのグリーンウッドで働くようになって、たくさんのこどもと接してきましたが、こどもたちへ言うことが、自分の父親が私に言った言葉と同じで時 にハッとすることもありました。はじめて1人暮らしをしたときに作った野菜炒めは母親が作るものとあまりに似ていてびっくりしたこともあります。決まった ことを教えるよりも、その人自身のありようややってきたことが誰かに強く影響を与えるというのは往々にしてあることなのです。
 そう考えると、先生でなくても誰もが教育者であるとも言えます。誰かに何か教える、伝えると大上段から構えず、今自分が大切にしていることを、自ら実践する。そういった一歩一歩の積み重ねが、次の世代を作り上げます。
逆に言えば、自分の愚かさが他の人に影響を与えることもあるのです。
今年も300名を越える若者がボランティアとしてキャンプに参加します。自分の大切にしているものは何か?をこの機会にぜひ自らの胸に問い直し、こどもたちに行動として表現してほしいと思います。



2011年6月
 「価値観を変えるとき」

 最近、ある大学の講義でだいだらぼっちの話をする機会がありました。話の流れでだいだらぼっちのこどもたちの価値観は、新しいゲームを持っているとか、 勉強ができるかよりも、薪割りができるかの方が重要なんだという話をしたところ、大学生たちはとてもおもしろがり、驚いていました。

 だいだらぼっちでは薪割りができる男子はかっこよく、羨望の眼差しで見られます。テレビで見るヒーローにも近い、強い男の象徴にもなります。(少し言い 過ぎかもしれませんが(笑) )だいだらぼっちらしい価値観は他にもあります。誰よりも重い薪を運べるとか、30人分の料理をおいしく、しかも手早くでき ることだとか、目的地まで車で行くよりも自分の足で歩くこと。電動ろくろで大きな器を作れること。木でスプーンを作れること。刃物を砥げることなどなど。 面倒なことを楽しく乗り越えられるこどもこそ尊敬されます。
 確かに一般的な価値観とは大きく違っています。きっと同年代のこどもたちは、テレビのアイドルやゲームやパソコン、携帯電話に夢中になっているでしょう。薪割りがカッコいいという価値観は理解の外だと思います。
だいだらぼっちのこどもたちの価値観は「やればできる!」ことであったり、「失敗しても乗り越えられる」という自信を育てていきます。しかし、今のこどもたちを取り巻く価値観は決して自信を育ててくれることはありません。

 社会が築き上げてきた価値観も3月の震災で大きく変わろうとしています。先日訪れた福島では、校庭に放射線除去のため重機が入り、土が掘り起こされてい ました。プールも中止、授業も窓を閉め切り、部活も室内でやっているそうです。ただ身体を思い切り動かすことすら制限されています。
かつてキャンプに来ていたこどもが言っていました。「こんなに遊んだのははじめて!」。塾や習い事で忙しいこどもの、心からの声でした。
先に書いた携帯電話もアイドルも大人たちが作り出したもの。果たして私たち大人はこどもたちに何を伝え、何を残し、どんな大人になってほしいのか真剣に考えなければならないときがやってきました。
この夏もキャンプで1100人のこどもたちがやってきます。福島からも50名近くのこどもも招待しました。私自身も、こどもたちに自信となる価値観を得られるようがんばっていくことが、今を生きる大人の責任と考えております。



2011年5月
 「今の時代に求められる大人の姿勢」

 今年度より事務局長になったしんです。よろしくお願いいたします。
 さて私は「暮らしの学校だいだらぼっち」のお父さん役(簡単に言えばこどもたちが悪いことをしたらコラー!と叱る役ですが)でもありますので、最近のこどもたちの様子を少し交えながら、考えていることをお伝えします。
 今年度は小学3年生から中学3年生までの15名のこどもたちが「1年間仲間と暮らす。自分の手で暮らす」ことにチャレンジしています。4月1日に集合 し、はや1ヶ月半。親元を離れ、仲間と暮らす修学旅行気分。当初はご飯作りもお風呂焚き(五右衛門風呂)も新鮮でワクワクする楽しい仕事ではりきってやっ たり、「学校から帰ったらすぐ宿題」、「洗濯物がたまらないように毎日洗濯」していましたが、5月半ばを過ぎた今現在はというと、日常という名の当たり前 に押し流され、面倒なことは後回し、大人に言われてもうまい言い分けを探すことに力を注いでいる状態でもあります。田んぼや薪、畑の作業も、だいだらぼっ ちに来る前の楽しそうなイメージとは裏腹に、いざやってみるとあまりに地道で体力を使う作業。「ちょっとトイレ」「少しお腹が痛い」とこちらもサボる(休 む?)方法を考えるのに四苦八苦しています。簡単に言うと、当初の緊張感はどこへやら、楽な方へと流され始めています。
 しかし表現は悪いですが、4月はじめの言われたことはしっかりやる、みんな「いい子」の状態から、こどもたちの素の姿が出てきた今の「うまく行っていな い」この状態こそ、学びの宝庫であり、成長するチャンスといえるのです。そもそも逃げたりズルしたりするのは、こどもたちの当たり前の姿です。それでも 「仲間と協力して暮らす」という約束を果たすためには、このまま自分のワガママやズルばかりでは生活が立ち行かなくなることも知っていきます。その時、 「これはまずい!」と思えること、「じゃあどうすればいい?」と考えていくことがこどもたちには必要であり、失敗に向き合わせることがそばにいる大人の最 も大切な役割でもあるのです。
 話は変わりますが、先日、福島の避難所になっている中学校にお邪魔する機会がありました。そこの校長先生が、「この非常事態こそこどもたちが学ぶべきも のであり、学校が担うべきもの。これこそが教育だ」とあえて現状をこどもたちと受け止める道を選んだそうです。どんな状況であっても「そこから何を学ぶの か?」「未来に何をつなぐのか?」を問うていくことが教育の本質であり、震災後の混沌とした状況においてもその信念を貫いている姿に熱いものを感じずに入 られませんでした。
 今は失敗が許されない時代です。本来こどもたちは小さな失敗を積み重ねることで、乗り越え方を知り、強くなっていくものです。混迷を極めるこんな時代だ からこそ、校長先生のように、「ここから何を学ぶの?」とこどもたちに悠然と語りかける大人の度量が試されているように思います。



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