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代表だいちのGREENWOODコラム


2011年5月5日
こどもの日に 〜山賊キャンプに被災したこども39人の招待を決定!〜

 今日はこどもの日。こどもにまつわる身近な話を。
 5月3日〜5日まで、暮らしの学校「だいだらぼっち」では「ゴールデンウィーク合宿」なるものが開催されました。毎年恒例となった作業合宿です。だいだらぼっちの子どもの家族や、卒業生など100人が集まって、みんなで冬のための薪作りを行いました。
 このイベントを、企画・運営するのがだいだらぼっちのこどもたちです。だからなかなかスムーズに進みません。こどもの間のいざこざやすれ違いがありながらも、参加してくれた人々の気持ちの「持ち寄り」に支えられて、こどもたちは運営していきます。そこがいいのです。スムーズに進まないこと、それが周囲に支えられてスムーズになろうとすること、そこを楽しまなければ!
 次は我が家のこどもたち。長男は中2でテニス部の部活に邁進しています。連休中に練習試合があり、試合に勝ったらしく、充実した顔をしています。次男は小5でこれまた少年野球にはまっています。連休中に地区の大会があり、ランニングホームランを放ったとか。エラーのおまけつきですが、それでも帰ってきてから話が止まりません。長女は小3。友達関係でしくじったらしく、連休中は私にも怒られてしおらしく?していました。
 最後は、NPOグリーンウッドが行う震災支援について。被災したこどもを招待するために、この1ヶ月間、水面下で折衝を続けてきました。NPOグリーンウッド及び泰阜村と関係のある地域・団体に対して、送迎を含む招待を検討してきたところです。
そして、原発被害を受けている福島県(いわき市、郡山市、田村市、二本松市、鮫川村)から、39名のこどもを招待することが決まりました。
 福島のこどもにとって放射能の影響は、極端な話ですが一生つきまとうことになるかもしれません。せめて夏休みだけでも、思いっきり自然の素晴らしさ、支えあい協力し合うことの大切さを感じてほしいと強く思います。支援金を募っています。ぜひ御協力ください。詳しくは震災支援ブログへ。
 やっぱりこどもがこどもらしく生きていける社会が一番です。今年のこどもの日は、そのことを本当に願う日になりました。(代表 辻だいち)




2011年3月30日
今こそ教育の出番だ 〜 教育活動を通した震災支援 〜

 このたびの「東日本大震災」にて被災された皆様に、心よりお見舞いを申し上げます。
東北の沿岸部では小規模自治体や集落が、根こそぎ海に持っていかれました。人口1900人のへき地山村の泰阜村に住む私たちにとって、それを他人事にはできません。泰阜村は、国道も信号もないような厳しい立地条件ですが、それが故に村内の資源を総動員して、村民が支え合いながら村を維持してきました。
 その泰阜村で25年間育てられた私たちグリーンウッドは、今回の震災を自分事として認識し、泰阜村が大事にし続けてきた「支え合い」や「お互い様」を土台にした本質的な支援を行いたいと強く思う次第です。
 すでに救援物資や義捐金を集めて被災地に送り届ける活動は各地で始まっています。短期的には当然それに参画します。しかし、私たちがすべきことは、私たちの本分である教育活動を通して、長期的に被災者・被災地を支えることです。
 阪神大震災の時に、被災児童を3年間、山村留学暮らしの学校「だいだらぼっち」で受け入れました。費用は全額泰阜村が負担、村の小学校や村民も全面サポートしました。長期にわたる支援は、被災児童にも受け入れ側にも様々な意味で苦痛が伴います。その経験と実績を持つ私たちは、今回の震災でも被災孤児を山村留学で受け入れる体制を整えました。
 私たちは、全力を挙げて山村留学や自然体験キャンプを実施します。自然の猛威におびえきった東日本のこどもたちに、もう一度自然の素晴らしさを伝えたい。失われた小さな集落の底力を、もう一度こどもたちに伝えたい。そして全国のこどもたちに、過酷な状況に陥ってもなお周囲の人と協調をとりつつ生き抜くための「支えあいの気持ち」や「サバイバルスキル」、「的確な情報収集と状況判断能力」を育成したい。
 国の土台が揺らぐ危機的な状況が続く時、それは今後の国をどう創るのかという契機でもあります。今こそ、教育の出番です。(代表 辻だいち)




2011年2月25日
長男が疾走! 〜 人々の思いを受けて 〜

 先週の日曜日。長野県最南端の村天龍村で駅伝大会がありました。泰阜村にとっては隣村です。信州の人たちは駅伝とかマラソンとか、そういう走ることがどうやら好きなようです。この駅伝大会は第43回という歴史をもっていることもあり、しっかりとした運営をする大会です。正月の箱根駅伝で優勝した早稲田大学や高校駅伝ではお馴染みの佐久長聖高校も招待されていました。
 この駅伝大会に、泰阜村から5チーム(一般3チーム、中学生2チーム)参加しました。「泰阜から5チームもですか?」と誰もが驚きますが、泰阜村の人々もまた走るのが好きなようです。中学生チームのメンバーに私の長男も選ばれました。なんと華の1区を任されたのです。5チームのメンバーが集まっての合同練習が晩秋から行われましたが、長男は休まずに通い続けました。きっとみんなに迷惑をかけたくない、という一心だったのでしょう。彼の正直な緊張が私をも緊張させます。
 当日、長男は見事な走りを見せてくれました。まさに疾走。しっかりと襷(たすき)を次のメンバーにつなぎ、そして5チーム全員がゴールするまで喉をからして応援したのです。長男が疾走しているちょうどそのとき、大阪のひいおばあちゃんの危篤の報が入りました。残念ながらその夜に他界してしまいましたが、きっとひいおばあちゃんが彼を力強く走らせたのだと思います。
「よくやった! 早かったぞ!」
 長男は、同じチームの中学生から、一般チームの青年や大人の人から、そして監督さんからと、5チームの村の人から声をかけられ、そして頭をなでられ、次々とねぎらいを受けました。村の人たちの子どもに対するやさしいまなざしを強く感じた時でした。そのまなざしを受けて、やはり長男は1区を走り切れたのだと思います。
 駅伝が終わり家に帰ると、隣の家の90歳のおばあま(おばあ様という意味)が何やらお菓子を持ってきました。聞けば、長男にお菓子をあげたいと言います。先日の大雪の時に、長男がまっさきにこのおばあまの家に駆けつけて、玄関の雪かきをしたそうです。そのお礼だとか。
 「家に来てくれて、『寒いから、おばあちゃんは中に入ってな。俺が雪かきするから』って言ってくれた。かわいいこと言う。だもんで、これはお礼」とおばあまがお菓子を長男に渡すと、その日の疾走の満足感と、思いがけないおばあまのお礼に長男の顔が緩みました。
 大阪のひいばあちゃんも同じく90歳でした。大阪と泰阜の90歳の老人。彼女たちの歴史のひとつひとつの積み重ねが、彼の心を豊かにさせていきます。泰阜村の人々のやさしいまなざしが、彼の心をたくましくさせていきます。
 この村には「ひとねる」という方言があります。育てるという意味です。育つことを「ひとなる」とも言います。「人に成る」。まさしく、長男は周囲の人々の想いを受けて、一人前になる階段を登り始めました。 (代表 辻だいち)




2011年2月17日
大学の学生と共に創る 〜学びの循環を起こせ!〜

 今日、博多にいます。というか、これから博多を発ちます。今日まで九州大学で授業を受け持っていました。授業といっても集中講義。もちろん非常勤です。ひょんなことから教育学部の「社会教育編成論」をやらないか、と九州大学の岡幸江准教授からお声がかかったのです。
 今年度は、大学の通常講義も受け持ちました。地元南信州の飯田女子短期大学。養護教諭(要は保健室の先生)を養成するコースの「養護処置」という科目を受け持ち、週に1回の授業です。といっても、私に養護教諭についての専門知識があるわけではありません。私が泰阜村で実践してきた教育活動から導き出されるこどもに向き合うための「リスク」について、予防と対策の観点から法律や保険、救命法実習まで、できるだけ参画型のワークショップ方式で進めてきました。こういう参画型の授業は大学では少ないのでしょうか、学生さんには好評の授業だったようです。
 おそらくですが、学生さんに好評だったのは、普通の授業でみられる先生からの一方的な知識伝授型の進め方ではなく、私と学生さんとの間で繰り広げられる双方向性の進め方をしたからだろうと思います。双方向性の授業になると、何が良いかといえば、学生さんが主体的、積極的になることです。そうなると先生(ここでは私ですが)と学生とが一緒に授業を創っている感覚になるのだそうです。それが学生にとっては面白いのだとか。
 九州大学でも同じ感覚でした。朝から夕方まで、ほぼ缶詰の集中講義にも関わらず、学生さんは「あっという間。意欲的になっていく不思議な気持ち。もっと授業を受けたい」というふりかえりを寄せてくれました。私の授業の進め方がよかったのではありません。彼らが授業の当事者、主体者になったからこそ、つまり自分が参画して創り上げた授業だからこそ質の高い充実感を体感したのです。
 飯田女子短期大学、九州大学の学生諸君に、心から「ありがとう」と言いたい。学びは与えられるものではなく、当事者が創り上げるものです。学生さんたちは、まさしく学びの主体者でした。そして私もまた学びの主体者です。学生さんから学んだことがたくさんあり、学びが循環していく手ごたえを私も学生さんも感じたのだと思います。
 彼らは、養護教諭に、社会教育の現場に、公務員に、学校教員に、一般企業にと、社会に旅立っていきます。その場でも、学びの主体者として存在し、学びの循環を起こすことを願っています。小さな学びの循環が、地域を、そして日本を変革する礎となります。
4月からは東京の大学でも週1回教鞭をふるう予定です。   (代表 辻だいち)




2011年1月24日
ゴミ拾いが世の中を変える? 〜小さな山村の文化が役立つ日を願って〜


 今回は、1月にあったできごとからつらつらと書いてみたいと思います。
 1月14日、長野県最大手の信濃毎日新聞社のパーティーに招待され、はるか200km離れた長野市まで行ってきました。文化・芸術・スポーツ関係者が集うのですが、知り合いも誰もいない中でぽつねんと一人。それでも、こういう場所に来て、小さな山村の取り組みを発信しなければ、と奮い立った日でした。
 1月15日は、お世話になっている地元集落の役員慰労会がありました。私達の居住集落は「田本地区」といいます。私は今年、田本地区1班の班長でした。区長や会計、班長全員、各部長など、10人での慰労会です。小さな集落の住民が、肩を寄せあい、知恵を出し合って生き抜いた1年間が無事終わり、今後ともよろしくとささやかに一献傾けたのでした。住民同士で支え合って生き抜いてきた小さな山村。高齢化によりそれも限界が近づいています。どうすればよいのかと頭を抱える問題です。しかし、この地域住民による自治のあり方は崩せない。崩すと、村を支えてきた自立・自律の気風も崩れていくからです。ここはまさに老若男女、みなの知恵で乗り切っていきたい、と改めて思った日でした。
 そして1月17日。今から16年前の1995年1月17日、神戸を激しい地震が襲いました。全国から青年ボランティアが渦のように次から次へと集い、まさしく彼らの力で神戸は復興の一歩を踏み出したのです。私もまたその1人でした。思えばまだ24歳。それから現在まで、災害が起こるたびに全国から集まる「助け合い・支え合い」の気持ち、そしてそれに呼応するかのごとくもともとその地域が持っていたお互い様ともいうべき「ご近所の底力」が沸々とわきあがって困難を乗り越えていく姿は、まさしく自律の地域づくりを目の当たりにするようで感動しています。
 しかし、災害が起こる前も、もともとそうやって地域は作られてきたのではないのか、助けあってきたのではないのか、と思います。その支えあい・助け合いを感じるきっかけが少なかっただけではないのか、と。今までも、そしてこれからも、地域内で住民同士が支えあうことの真価が実践を伴って試されます。
 1月22日。私は沖縄本島の北端にほど近い安田という集落にいました。泰阜村と福井県と沖縄県の環境団体で構成する協議会の主催のこども環境ミニフォーラムです。私が実行委員長です。各地の小中学生が、川あるいは海でゴミ拾いをしてその分析と成果を持ち寄るフォーラムです。福井県の山間地の小学生は下流に住む人への思いやりを表明し、沖縄県の海辺の小学生は世界全体でのゴミ問題解決を訴え、泰阜村の中学生はゴミ処分費用負担についての提案を各地域に呼びかけました。3地域のこどもたち共に、次のアクションを起こすという言葉が出たので、まぎれもなく質の高い環境教育の実践となったと思います。私はフォーラムの最後にこどもたちに次のように伝えました。
「地域の環境問題を解決する。それはこどもにもできる。地域の大人が進めるゴミ拾いなどの環境問題に、こどもも積極的に参画しよう。こどもたちが他人事ではなく自分事として関わって環境問題を解決していこう」
 地域内で住民同士が支えあうこと。そこにはこどもや老人や障害者、外国籍の人々なども含まれます。地域内の多様な人々が参画する支え合いが、今まさに試されます。そして、このこどもたちのフォーラムが示すように、地域間(例えば沖縄と泰阜、福井)で住民同士が支えあうことも試されていくのではないでしょうか。小さな山村、災害から復興した街、子どもの参画で地域づくりが進む集落・・・、それぞれの課題解決の手法を持ち寄れたとしたらすばらしいことだと思います。そしてそれは国との間にもいえることかもしれません。特に最近の北東アジアの不安定さは平和を脅かす心配の種です。
小さな地域内の支え合いの文化が、地域同士が支え合う共助の仕組み、国同士が支え合う共助の仕組みに役立つ日が、そこまで来ていると思います。    (代表 辻だいち)




2011年1月7日
もうひとつの1月7日 〜 小さな正義のパンチをぶちかませ♪ 〜


 七草粥の話題が出た家族団らんの時、テレビから懐かしい唄が流れてきました。「♪白い〜マットの〜ジャ〜ングルに〜、今日も嵐が〜吹き荒れる〜♪」。沖縄の児童養護施設にランドセルが届けられたというニュースです。年末から次々と報道されるタイガーマスクの善意の贈り物。このせちがらい世の中にあって、なんともほっとする話題です。

 1月7日。七草粥を食べる日ですが、若い世代は今は食べるのでしょうか。成人を迎えた若者より少し年上の人が知っている1月7日は、22年前のこの日でしょう。昭和の歴史が終わりました。私は当時大学受験真っ最中。最後の共通1次試験が目前に迫っていました。
 それから8年後の1997年のこの日、福井県三国町の日本海で重油タンカーナホトカ号がひっくりかえり、大量の重油が日本海を汚染しました。ここで活躍したのが全国から集まった青年ボランティア。全国から集まった善意が地域住民の不屈の想いと重なり、日本海はよみがえったのです。福井は私の故郷で、三国の海岸はこども時代によく遊びに行った海です。油だらけの真っ黒な海を見て絶句した私もまた重油を掬いに行ったボランティアの1人。もちろん、暮らしの学校「だいだらぼっち」の子どもたちも。
 タイガーマスク現象・タイガーマスク運動とまで報道される善意が集まる大きなうねり。なぜでしょう、ニュースを見ていて涙がこぼれてくるのです。おそらくですがこのフラフラしている日本に住む人々に、滲み出るように産まれる確かな「自立心・自律心」を改めて感じたからなのだと思います。
 昨年の年頭のコラムで次のように述べました。

 私は2008年夏から、読売新聞で教育コラムを連載しています。ここでは2009年12月16日付で掲載された記事から引用して、年頭にあたっての提言をしたいと思います。

 「自立支援」の名のもとに、老人や若者、母子家庭、そして子どもにも「自立」が強要されるような、いわば新自由主義的な政策が実施されてきたことは記憶に新しい。個人の能力を高めて自立せよ、と迫る政策は、人間をばらばらな孤立した存在にし、「自己責任」原則によっておよそ「自立」できない個人、集団、地域に対して「自立」を強要する。要は、「自分が強くなる」ことが「自立」だという。
 しかしどうも腑に落ちない。南信州で長年にわたり青少年の山村留学や自然体験キャンプを続けてきた私にとっては、個人の能力にスポットをあててそこをいくら強化してもそれは本質的な自立とはいえないのではないか、という思いが常につきまとう。
 20年間見続けてきた子どもの姿は、決して「強い個人」同士が力をあわせる姿ではなかった。むしろ、思い通りに進まないことに腹を立てたり、自分のことを自分で決められなかったり、仲間のことを思いやれないといった「弱い個人」の姿だ。そんな「弱い」子どもたちであっても、支え合い認め合う仲間がそこに存在するという安心感の中で、確かに成長していく場面を見続けてきた。その成長は、「周りとの連携・相互依存を通して自己決定権の条件を確保する」という意味において「自律的」な成長ともいえる。
 「今のこどもたちに欠けているもの」、それは「支えられている安心感」だ。支えられている、認められている、応援されている、ということを、子どもたち自身が実感できる場や周りとの関係性が、今は本当に少ない。その安心感があれば、周りを支え、認め、応援することを自らできるようになるだろう。同じことは、子どもだけではなく、およそ生産能力が低い(と断定されてきた)老人や障害者、農山村地方などにもあてはまる。「支えあい」の中から滲み出るように産まれる確かな「自立心」。子どもにもこの国にもそれが欠けている。


 
 善意。なんともくすぐったく聞こえる言葉です。でも小さな小さなその善意を侮ることなかれ。小さな善意といえどもそれが集まれば、日本海がよみがえり、閉塞状況の日本を打破する雰囲気を創る原動力にもなるのです。全国のタイガーマスクによって「支え合い・助け合い」の善意を受け取った児童養護施設のこどもたちは、きっとゆるやかにそしてたくましく自立していくのだろうと確信します。
 今年は、「世のため人のため」(もしかして私語に近いでしょうか)に、ほんの少しといえども発揮される善意を促していきたいものです。それを教育の立場、しかも「支え合い・助け合い」の文化が今なお息づく小さなへき地山村における小さな教育実践の立場から促すのが私たちの役目である、と1月7日に改めて強く思いました。
遅くなりました。新年あけましておめでとうございます。1999年から毎月一つは書こう、と続けてきたこのコラムもどうやら180編を数えるようです。まさしく継続は力なり。今年も懲りずにおつきあいいただければ幸いです。
 (代表 辻だいち)




2010年12月25日
伝わるか、この想い 〜今年1年お世話になりました〜


 「暑」が今年を象徴する漢字でしたが、クリスマスは全国的に「寒」かったようです。ここ南信州泰阜村でも、朝起きると一面の雪景色。きっとサンタのソリが滑った跡やトナカイの足跡を雪面に探したこどもも多かったことでしょう。
 さて、泰阜村ではグリーンウッド主催の「信州こども山賊冬キャンプ」(12月23日〜1月5日まで全5コース)が始まりました。この雪は、都会から集うこどもたちにはことの他うれしかったようです。冬キャンプもまた、この村の文化や風土を反映した教育プログラムとなっています。年末年始コースは特に、南信州独特の伝統的な文化を反映した特徴的なコースになっています。
 時期が少し戻りますが11月に村内で講演をしました。「南部地区教育委員・社会教育委員等研修会」というもので、南信州の5ヶ町村持ち回りの研修会です。今年は泰阜村が当番村とのこと。その中で私は「地域に根ざし暮らしから学ぶ教育実践」というテーマで1時間の講演です。
 NPOグリーンウッドの初期の頃から住民としてもお世話になっている遠山教育委員長には「今日は泰阜村の教育に関する宝を見てもらいたい。一つ目は学校美術館、そし二つ目はNPOグリーンウッド。どちらもこの村が誇る宝です」と紹介いただきました。
 目頭が熱くなるのを押さえて、講演では、泰阜村の風土に埋め込まれた教育力を仮説的に示し、その教育力を反映した教育活動を、私たちNPOグリーンウッドがどのように実施しているかについて、そしてその成果がどのようにあるのかについて、ゆっくりと話をしました。
 参加した60名ほどの5ヶ町村の教育委員の皆さんからは多くの質問をいただいたと同時に激励もいただきました。山村の風土や教育力などの資源を、(表現は悪いのですが)食い物にするような風潮が多い中で、泰阜村の知恵や文化を大事にする教育活動について支持と評価をいただいたようです。なんといっても、泰阜村の教育委員さんたちに本当に激励していただいたことが最もうれしかったのですが。
 村外で行う講演とは違い、村内の講演では顔見知りも多くやりにくい感じもしました。でも、このなんとも言えない充実感は何なのでしょうか。やっぱり、足元の泰阜村の人たちに評価されることが一番うれしいのでしょうね(そういう自分に少しびっくりしています)。村の人たちに理念や活動内容、そしてそれに対する自分の強い意志が伝わらないことには、やっぱり片手落ちです。
 そんな、村の風土や文化から導き出した教育力によって事業を行い、持続可能な地域作りに挑戦してきた25年の歴史と実践をまとめて、来年出版する予定です。四半世紀にわたって続けてきた教育活動の意義が、村の人たちを含めて市井の人たちに伝わるのか。そして伝わるような噛み砕いた言い回しができるのか。
 私たちの揺るぎない強い意志と磨かれた言葉の力が試されます。夏前には出版予定です。ご期待下さい。
 今年1年たいへんお世話になりました。良い新年をお迎え下さい。  (代表 辻だいち)




2010年12月3日
日本の端っこから呼ばれます 〜 へき地から炎の挑戦 〜


 母校である北海道大学から特別講義を依頼され、札幌まで行ってきました。滞在期間中は拍子抜けするほどあたたかで、調子が狂いました。それでも暴風雨という奇妙な天気だったのですが。
 今回北大からお願いされたのは、「大学と社会」という全学部対象の特別講義です。いただいた依頼文からその特別講義の趣旨概要を記すと次のようになります。
「北大を卒業し産業界、行政、マスコミ等さまざまな分野で活躍する方々を講師としてお招きし、学生時代から現在までの体験談や、職業人として活動することを通して「現在あるいは将来の職業人としてどのような資質が求められるか」「そのために大学でどのように学べばよいか」「北海道大学や学生諸君に期待することは何か」などを話していただく」
 これまでに、今や全国的に有名になった旭山動物園の園長さんとか、ニセコ町長さんとか、キリンビールの社長さんとか、芥川賞作家など、それはそれは著名な方々が講師として話されたようです。
最近はノーベル化学賞の受賞者が北大から出ていますし、私なんかよりそういう人のほうが良いのではないかと思いましたが、どうやら著名な方ばかりではなく特徴的な卒業後の人生を送っている卒業生も呼ぼうということになったようです。要は、私はへんてこりんな人生を送っているということでしょうか。
 講義には300人を超す学生が集まりました。タイトルは「無いことの豊かさ 〜国道ない、信号ない、コンビニない。何もないへき地山村からの炎の挑戦〜」。最初はどんな話が始まるのかきょとんとしている学生も多かったですね。
なぜ自分が北陸の福井県からもっと寒い北海道に行ったのか、なぜ大学では体育会をやっていたのか、なぜ小さな地域で教員を目指そうと思ったのか、なぜ教員になる前に教室の外の学びを経験しようと思ったのか、なぜ泰阜村で18年もがんばっているのか。
 そんなことをゆっくりとそしておもしろおかしく学生に語りかけるように話をしました。そして今、泰阜村で、教育を中心とした持続可能な地域づくりに挑戦しているという意味で、NPOグリーンウッドの活動の紹介をしました。学生さんは、案外しっかり聞いていましたよ。どこの大学で話をしても思うのですが、本当に最近の学生さんは真面目だと思います。余談でした。
 大学から期待された学生さんへのメッセージとして、私は次の3点をあげました。
「1.高学力であれ」「2.自発的であれ」「3.野心的であれ」
 1については、学力とは何かの議論が必要になってきます。私が提起したのは、従来の学力に対する新しい学力の考え方です。新しい学力観における高学力を目指してほしい。
 2については、クラーク博士が貫き通した自律の教育観に倣い、自発的に責任ある行動をとる強い意志を持てと諭しました。そして自ら創り出す市民公益=新しい公共についても。
 3については、小さな力を信じることに野心的であれ、ということを説きました。これまで周辺に置かれてきた人々や地域が、再び地域づくりや社会作りに参画できるようなそんなセンスを持て、と。
 詳しいことは割愛します。1〜3の詳しい続きが聞きたい方は、ぜひ講演にお呼びください!
 最近は、日本の端っこからお声がかかります。2月は九州大学で集中講義、3月は琉球大学にも呼ばれる予定です。まさしく、へき地からの炎の挑戦です。   (代表 辻だいち)




2010年10月25日
『食欲の秋! 〜 夏より忙しい豊かな泰阜村の秋その2 〜』


 「きのこがとれたから、明日みんなで食べるから来ないか」
 前回のコラムで紹介した翌日、近くに住む猟師のおじさんから電話がかかってきました。このおじさんは、村にあるもう一つのNPO「グリーンツーリズム研究会」の代表の方です。前々回のコラムで紹介したファミリービレッヂ実行委員会の委員長でもあります。
 実は私はきのこはあまり得意ではありません。特に椎茸は、こどもの頃になにか体験があったのでしょうか、今でも食べられません。そんな私にとっては「今年初めて松茸がとれたから」と誘われても、食材自体には全く興味ありませんでした(笑)。
 要は飲み会。当日参加してみると、あるわあるわ、時価数万円の松茸が。他にも「おしょうにん」と呼ばれるきのこ、かわたけ、あとは・・・、すみませんさすがに私もわかりませんでした。
 きのこが不得意の私。でも、全部のきのこがとてもおいしかったのです。参加したのは、グリーンツーリズム研究会の面々。もともと個々に知り合いではありましたが、ファミリービレッヂを通して、さらに距離感が縮まった感があります。そんなあたたかな雰囲気が、私の箸を進めたのかもしれません。
 その週末。今度は地元の田本地区の神社祭です。私は今年田本地区の役員ですので、当然祭りに参加です。小さな神社ですが、地区の人々によってしっかりと春・夏と営まれ続けてきました。様々な祭事があり、最後の最後、こどもたちにとってのメインイベント、「お菓子まき」です。
 ここが出番とこどもたちが集まってきて、投げられるお菓子に我先にと群がりました。突然、前段に紹介した猟師さん(地区の神社部長でもある)が、アルミホイルに包まれたものをばら撒きました。私は最初「焼き芋?」と思い、特に反応しません。でも、なんかおかしい、とそこにいる大人全てが感じ、そしてだいたい同じことを思いついたようです。
「松茸!」
あとは想像できるでしょう。こどもを押しのけて大人が我先にとアルミホイルに群がりました(笑)。この噂、あっという間に村内に広がり、次の日は村中この話でもちきりでした。なんとも愉快な松茸にまつわる話です。
 秋の収穫は、自分だけで味わうわけではない。みんなでおいしさも、楽しさも分け合う。
 昨今の、自分だけよければそれでよい、周りのことなどおかまいなしの風潮にあって、南信州の小さな山村が生み出すこの心地よさ。それは、心の世界遺産ともいうべきものです。
一度、秋の泰阜村にお越し下さい。   (代表 辻だいち)




2010年10月19日
『〇〇の秋! 〜 夏より忙しい豊かな泰阜村の秋 〜』


 忙しい夏がやっと終わったと思いきや、9月からは中国黒龍江省への訪問、夏の山賊キャンプの報告会、kids’ AUキャンプ(北東アジアこども平和教育キャンプ)、前回このコラムで紹介したファミリービレッヂなど、重要なものが続きに続き、夏より忙しい秋になる予感です。
 kids’ AUキャンプ(北東アジアこども平和教育キャンプ)については、いずれしっかりと紹介したいと思います。
 今回は、10月を振り返りながら思うことをつらつらと記します。
 10月11日に、泰阜村では全村民運動会が開催されました。地区(集落)対抗で点数を競い合いますが、そこは「支えあいの心」を大事にする村、みんなでみんなを応援し合う愉快な運動会です。
 とはいえ、地区対抗であれば、当然それぞれの地区は優勝を狙います。事前の選手選考は熾烈を極めます。私は今年、田本地区に6つある班のうち、1班の班長です。地区の役員として、班の代表として、役員会では誰がいいのかとあーでもない、こーでもないと、頭を痛めました。
 田本地区は村の中では人口が多い地区です。同じ人つまり運動能力に長けている人を何度も種目で使えば点数はあがります。でもこの地区では、勝ちを狙いにいきながらも、全員が種目に出てみんなで楽しもうということを大事にしているのです。つまり、世帯から必ず1人は選手名簿に名前が登載されるわけです。
 しかし当日、名簿に登録されている皆が出てきてくれるとは限らない。そこからが役員の力の見せどころ。当日参加している人の中から、みんなで楽しむ論理でもって改めて選手を選び直します。というよりは、もう一本釣りでお願いです(笑)。
 こんな楽しいにぎやかな雰囲気がよかったのでしょうか、わが田本地区は実に10年ぶりくらいに優勝を勝ち取りました。終了後の慰労会は、祝勝会に早変わり。久しぶりの盛り上がりは、大人だけではなくこどもも交えて、夜更けまで続くのでした。
 この村、とりわけこの地区は、身体を動かしてみんなで楽しむ雰囲気が根強くあります。私は今年も地区ソフトボールチームに登録され、春から夜間リーグ戦でプレイしました。結果は3位。リーグ戦が終わったと思いきや、次はトーナメント戦ととどまるところを知りません。次もソフトバレー大会にお声がかかっています。
みんなが参加して、みんなでみんなを応援し合う、本当に愉快な地域です。
今回は、スポーツの秋のお話でした。  (代表 辻だいち)


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